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幼稚園と母の愛

2010年3月24日

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 転換期の波に洗われている中国社会では、様々な仕組みが変化している。当然、変えた方が良い面と悪い面の両方が出てくる。

 ところが、どんな時代になっても、変わらないことがある。親が子供を愛する気持ちだ。

 7年前、友人が北京に幼稚園を作りたいと言い出した。きっかけは自分の一人息子が閉じこもりがちな性格で、普通の幼稚園に入れるのが難しいと分かったからだ。

 その話を聞いた時、彼女にまず質問した。

 「幼稚園を作ることは、いまの政策で認められている商売なの?」

 彼女は真っ直ぐに語った。

 「やってみないと分からない!」

 すぐに彼女は幼稚園を開園した。さらにすごいことは、会社を辞めずに、働きながら幼稚園を始めたことだ。

 彼女は特段、金持ちではない。当然、資金も十分ではなかったはずだ。持っていたのは、勇気と子を愛する母の愛情だけだった。

 今考えると商売に対するセンスも並みではなかった。自分の弱さをちゃんと知っている上で、それをいかして、幼稚園を作ったのだ。

 幼稚園の料金は、毎月わずか200元。場所も北京市内ではなく、賃貸料が安い郊外を選んだ。あまりの安さゆえ、園児集めは簡単だった。予想を越えて繁盛し、今では100人以上の園児が通う幼稚園になった。

 農村から都市にやってきて働く親達にとって、彼女が作った幼稚園は有り難かった。金銭的に余裕がない親にとって200元はありがたい。だから設備が足りなくても、小さいトラブルがあっても、文句をいう親は出ず、幼稚園はますます繁盛したのだ。

 しかし、彼女の成功を称える人がいる一方で、嫌みな噂話も耳に入った。

 「食事の時、トラかオオカミのような表情になる園児が多い」という内容だった。つまり、料金が安いために提供する食事に肉が少なく、園児は肉探しに一所懸命、というのだ。

 彼女はそんなことは気にせずにこう話した。

 「子供達がよく食べるものは野菜まんじゅう。麺に色々な野菜を加えれば、安くて、簡単でヘルシーよ」

 幼稚園を運営する一方で、本業の勤めへの影響を回避し、今年も「いい社員賞」を受賞したという。

 中国の幼稚園でもう一つ私が感心する点がある。

 来日した直後、私は日本企業に保育施設が少ないことを不思議に思った。入りたくても入れない待機児童があるなんて、理解できなかった。

 私の幼稚園時代、中国は何でも国営だった。どの会社にも病院、幼稚園、食堂が備えられ、0歳から小学校就学前の子供は簡単に入れた。子どもができると、女性は立場が悪くなるのではなく、反対に仕事場での権利が増えるのだ。

 私の母は小学校の教諭で、学校から100メートルほどの所に幼稚園があった。私が幼稚園にいる時、母は好きな時間にいつでもやってきた。幼稚園にいながら、毎日何回も母の顔を見ることができたのだ。不安など何も感じなかった。

 幼稚園に行けない時は、母が教える教室の一番後ろに座って、母の授業を聞いたこともある。当時、働く女性が子供を職場に連れていっても当然だった。母の職場に私がいて、幼稚園にも母がいて、毎日母と一緒に家に帰ることができた。当時の幼稚園の生活はいまでも私の人生の中で一番輝く思い出だ。

 ところが、自慢の種だった私の幼稚園生活は今の中国では「過ぎ去って戻らない夢物語」になってしまったようだ。

 幼稚園を併設している企業は少なくなり、公立の幼稚園に入ることは大学に入るより難しいとさえいわれる。私立の幼稚園は高額で入りにくい。

 最近、北京に帰った時に、目を疑うような光景を目の当たりにした。まるで貴族の子どもが通うような立派な幼稚園に我が子を通わせる大勢の母親たちの姿が視界に飛び込んできたのだ。費用は1年間5万元。今の中国では1人分の年収に相当するほどの額だ。更に年間の食事代が1万元という。

 園児募集の日に、新設の幼稚園を訪れる機会があった。その日に入園申し込みをしたら、入園料が少し安くなるのだという。

 孫を連れた女性は、「私達も半分払うから」と父親である息子と話し込んでいた。

 「今日申し込まないと割引がないわけですか」。せっぱ詰まった表情で担当者に詰め寄る親達の姿…

 自分の子ども時代が懐かしく思い起こされた。

于 前(YU QIAN)

 中国北京生まれ。フォト・ジャーナリスト。現在は東京を拠点に、中国大陸、香港、台湾の雑誌などに日本をテーマとした記事や写真を発表している。著書に「チャイニーズ・レンズ」(竹内書店新社)。

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