瀋陽「満州時代」の影 いまも瀋陽の街には、旧日本軍が作った傀儡(かいらい)政権「満州国」時代など、日本支配の当時の建物が今も多く、生活にとけ込む。 「奉天駅」(完工1910年)の駅舎は今、瀋陽駅となっている。「奉天警察署」(同29年)は瀋陽市公安局、「横浜正金銀行」(同25年)は中国工商銀行……。東北育才学校も、かつての「千代田小学校」を校舎の一部として活用している。 遼寧省共産党委員会の李克強書記は昨年11月、瀋陽を訪れた自民党の武部勤幹事長に、「国有企業改革及び臨海地域のインフラ整備のために日本の投資を期待する。遼寧省と日本との人的交流の拡大が重要だ」と語った。 東北に暮らす人々は、日本の歴史問題に対して、中国の他地域に比べても厳しい姿勢をとる。柳条湖事件の起きた9月18日には毎年多くの人が瀋陽の現場に集まり、「国辱を忘れるな」と繰り返す。 ただ、日本への期待と関心もまた極めて大きい。瀋陽の日系企業に勤める男性(25)は「日本には親近感を感じる。中学1年から日本人の先生の授業を受け、日本への関心を強めながら成長してきた」と話す。 一方で、瀋陽の日系企業は約70社、在留邦人は約500人に過ぎない。約4500社の日系企業が進出し、約3万4000人の日本人が住む上海などに比べると、その規模ははるかに小さい。 日本語を学ぶ若者たちの中には「自分たちの日本への関心に比べて、日本人は瀋陽のことを知らないのでは……」といった思いもあるようだ。 「日本人に『両親が車を持っている』と言ったらびっくりされた。(中国の大都市では)そんなに特別なことじゃないのに……」と高校3年の姜楠さん(17)は話す。 (03/17) 中国・東北地方の歴史上の動き(清朝以降、肩書は当時)
1616 満州族の太祖ヌルハチが現在の遼寧省を中心に後金(後の清)をおこす |