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HSV史上最強ディフェンダー クルピユーンさん

2005年07月14日

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HSV史上最強のディフェンダー、クルピユーンさんは気さくなおじさん=写真はいずれも内田写す

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クルピユーンさんの自宅に掲げられていた現役時代の写真。この時の転倒でひざを負傷し、引退に追い込まれた。後ろはドイツ最高のストライカー、ゲルト・ミュラー

 ハンブルクを本拠地とするプロサッカークラブ、ハンブルガー・シュポルト・フェライン(HSV)で一番の有名選手と言えば、50年代から70年代初めにかけて活躍した、ドイツ魂の権化と言われた、ずんぐりむっくりのFWウーヴェ・ゼーラーでしょう。

 でも、ゼーラーさん以外にも、ファンに愛された選手はたくさんいます。この我らがHSVの「史上最強イレブン」を選ぼうという特集を、地元紙「ハンブルガー・アーベントブラット」が企画したことがありました。

 独サッカー1部リーグ、ブンデスリーガの誕生からこれまでの30年間、HSVで活躍した選手の中から、世代を超えたドリームチームを選ぼうというもので、ドイツ最強チーム、バイエルン・ミュンヘンのフェリックス・マガト現監督や、ゼーラーさんなどのスーパースターはもちろん選ばれていました。

 その中で、最強の右ディフェンダーとして選ばれていたのが、ユルゲン・クルピユーンさんです。ドイツ・サッカーによほど詳しい人ではなければ知らないでしょう。でも、1962年のワールドカップ(W杯)チリ大会にも参加した元ドイツ代表選手の1人です。

 HSVで1960年から1972年までの12年間プレーした後、ひざのけがで引退。その後、保険代理業に転職して成功、今月26日に65歳の誕生日を迎える今も、現役社長としてがんばっています。

 「この前11歳と7歳の孫2人をつれて、HSV博物館に行ってきたんだ。館内に飾ってある写真を見ながら、おじいちゃんはどれ?なんていろいろ聞かれたよ」などとにこにこしながら、サッカーについて話を聞かせてくれました。

 クルピユーンさんは小さな頃からスポーツ万能。地元のアマチュアチームでサッカーをやっていたほか、ボクシングやハンドボールにも熱中していたそうです。20歳だった1960年に機会に恵まれ、HSVと契約。プロサッカー選手としてのキャリアが始まりました。

 今のように、各国から選手が集まっているのとは違い、当時、HSVの選手はすべて地元のハンブルグ出身者ばかりだったため、その近郊の小さな町ブクステフーデ出身のクルピユーンさんは、HSV唯一の「外国人」と言われていたそうです。

 1962年〜66年にかけ、ドイツ代表として5試合に出場。1962年のW杯チリ大会にも参加したのですが、実際に出場することはありませんでした。

 DFとして名を上げたクルピユーンさんですが、本当にやりたいポジションはFWだったと振り返ります。当時の作戦では、DFが攻撃に参加できるチャンスは皆無と言っていいほどで、「もうやりたくない」と反抗したこともよくあったといいます。

 各ウェブサイトなどに引用されている『サッカー選手の名言集』に、クルピユーンさんの言葉も残っています。それは「やりたくないときは、試合で1キロ以上走らない。控え室への往復も含めてね(Wenn ich nicht will, lauf ich im Spiel nicht mehr als einen Kilometer; und da ist der Weg von und zu der Kabine schon drin.) 」というもので、当時の複雑な思いのが表れています。

 クルピユーンさんのオフィスに、70年W杯メキシコ大会の得点王、「爆撃機」と異名をとったゲルト・ミュラーさんの前で、倒れているクルピユーンさんの写真が飾られていました。クルピユーンさんがひざに致命傷を負った瞬間のものです。このけががもとで、結局引退を余儀なくされました。この写真は、ある通信社が持ってきてくれた写真の束の中から見つけたもので、今でも大切にしている写真の1枚だそうです。

 選手時代を振り返って、一番いい思い出はと聞いてみると、1962年にW杯出場が決まった瞬間だと答えてくれました。当時もやはりW杯は特別な大会で、選手として最大の目標だったといいます。

 そのW杯の地元開催を1年後に控えた現ドイツ代表については、「これまでの監督は才能あふれる若い選手を起用せず、昔ながらの選手を使ってばかりで、納得いかなかった。でもクリンスマン監督はこの点とてもいい。6月に行われたコンフェデレーションズカップでも、ドイツ代表の戦いぶりは非常によかった」と賞賛、来年の本大会へ大きな期待を寄せていました。


プロフィールプロフィール

プロフィール

内田 由起子(うちだ・ゆきこ)

 東京外国語大学ドイツ語学科卒業。在学中、卒業後とドイツを行ったり来たりしながら語学の勉強を続ける。02年から2年間、英語ニュースの翻訳に携わり、ジャーナリズムの世界に興味を持つ。渡独後も、メディア関係の活動を模索中。04年1月からハンブルク在住。

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