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「壁」と女子高生

2006年01月11日

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壁を越えようとして命をおとした犠牲者を悼み、いまも花が絶えず、松明に火がともる。壁が開くほんの数ヶ月前にも死者がでている。

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かつてのアメリカ占領地区とソ連占領地区の境目。ここで両国の戦車が対峙したこともあった。

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戦前は繁栄を誇ったポツダム広場も冷戦中は殺伐としていたが、ドイツ統一後に次々とビルが完成し、モダンなオフィス・繁華街に様変わりした。

 日本にいたころから知っているなつかしい友人が、はじめてベルリンを訪ねてくることになった。なんといっても見所がいっぱいのベルリン。美術館や博物館めぐりだけでも数日がかり、ショッピングや食事はガイドブックをみただけで目移りし、夜も音楽会など豪華なカルチャー・プログラムが目白押しだ。いったい、どんな旅にしたいのだろう?そう思って「ベルリンでなにがいちばん見たいの?」と電話でたずねると、「壁!」という答えが返ってきた。絶句しているわたしに、たたみかけるように、「壁、まだどこかにあるでしょ?もうないの?」確かに、当時のまま壁が保存されている場所なら数ヶ所あるし、「壁博物館」だってある。でも、ドイツ統一後、巨大な工事現場と化したベルリンでニュースをにぎわせてきたのは新しい建物の完成・オープン祝いラッシュ。そちらに目を奪われるあまり、数十年にわたって立ちはだかり、多くの命を犠牲にし、数知れない悲劇を生んできた東西ドイツの「壁」の存在を、わたしは知らず知らずのうちに記憶のすみへ追いやっていたのだ。

 わたしがケルンのギムナジウムに通っていたのは、まだ冷戦が永遠に続くもの、と思われていた時代だった。ある日、課外授業としてドイツ国防軍から人が派遣され、われわれ高校生に西ドイツの安全保障政策についての講義が行われることになった。しかし、我が校は女子校、しかもみな17、18歳のうら若き乙女たち(!)とくれば、もっぱらの関心事はファッション、メイク、ボーイフレンドやヒットチャートなどである。軍備関係の講義なんてたいくつ、さて内職は編物にしようか、彼氏にラブレターでもかこうか、という子が大半のはずだった。ところが、グレーの制服に身を固め、スラリと長身の若き軍人が講師として登場するや、教室内は色めき立った。「ハンサム!かっこいい!」の目配せが飛び交い、なかには髪をとかし、口紅を塗りなおす生徒までいる。たいくつそうな課外授業が一気に注目の授業となったのだから国防軍の作戦成功、といったところか。そして、さすがは職業軍人。ませた女子高生たちの熱い視線にびくともせずに(?)彼は講義を淡々と行った。冷戦における東西陣営の軍拡競争の推移、チェスゲーム的な核ミサイル配備、「恐怖の均衡」の仕組みについて。時々発せられる生徒たちの質問にもていねいに答えながら、さまざまな軍事用語や技術も説明。最後には、西ドイツが冷戦の最前線に位置するために防衛軍備が不可欠である、といった内容で締めくくった。

 一通り話がおわると、今度は彼が質問する番だった。「西ドイツではすべての18歳以上の男性に兵役が課せられています。そのため、兵役についている2年間(1980年代当時、現在はだいぶ短縮され、徴兵制そのものを見直す声もでている)も、大学入学、あるいは就職が遅れることになるわけです。国家の防衛は、本来国民全体のことであるべきことなのに、女性は兵役を免除されているのは不公平だというふうに感じるのですが、みなさんは女性としてどうお考えですか?」

 教室内はしばし沈黙。すると、ひとりが手をあげていった。

 「男性は子供を産まないじゃないですか。私たち女性は社会に出て、これからというときに子供を産み、育児のために何年も損をし、復帰しても職場では対等に扱われない、などというハンディを背負っているのです。それに比べれば、男が大学入学前などに2年軍隊に行くくらい、どうってことないのでは?」

 ファッション、ボーイフレンドのことばかりかと思いきや、この年でこういう発想がすでにあるとは・・・。ドイツの女子高生、なかなかシビアである。そして、さすがの職業軍人もこのときばかりは「な、なるほど。あなたのおっしゃる通りかもしれません。」と、動揺を隠せなかったのであった。


プロフィールプロフィール

プロフィール

木本 栄(きもと・さかえ)

 翻訳家。イギリスのロンドン生まれ。両親の仕事の都合で、1982年に渡独。ケルンのギムナジウム(中学・高等学校)を経てボン大学を卒業。1995年以来、ベルリン在住。主な訳書に「ちいさなちいさな王様」(講談社)、「ケストナー・ナチスに抵抗し続けた作家」(偕成社)など、多数ある。
木本栄さんの著作一覧

シュツットガルト歌劇場
トロースドルフ展に行ってきました
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