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「アンペルマン」の逆転勝ち

2006年03月03日

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青信号のアンペルマン。ずんぐりむっくりの頭でっかちだけどチャーミング。

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赤信号のアンペルマン。子供にも親しみやすく、光る面積も広い、優れもの。

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西ドイツの標準の信号マーク。アンペルマンに比べると平凡な感じは否めない

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アンペルマングッヅの専門店。衣類からかばん、生活雑貨にいたるまで豊富な品揃え。

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ワールドカップに向けてこんな布袋も。アンペルマンは商標登録がされており、製品化にあたっては生みの親であるカール・ペグラウ氏と契約が結ばれている。

 ベルリンを訪れた人を車に乗せて観光案内するとき、たいてい発せられるのが「ここ、西? 東?」という素朴な質問だ。「ここは、えーっと…東」と答えると、「ええ!? いつの間に東に入っちゃったの?」とすごく驚かれ、そのあとはいくらなにをいっても、「それって西?」「東のテレビ塔?」「西のオペラハウス?」「東のレストラン?」「西のデパート?」という具合になってしまう。かつては東西ベルリンに分かれていた街だったのが、その境目をいまやなんの通過儀式もなく越えてしまうことが、彼らの妙な期待を裏切ってしまうのだろうか。機関銃をもった兵士にパスポートの提示を求められたり、所持品のチェックをされたりしたいのだろうか。あるいは東に入ったとたん、街並や人々の身なりががらりと変わり、「わあ、さすがになにもかもちがう!」というような異次元空間の出現を期待するのかもしれない。

 たしかに40年余も別々の道を歩んでしまっただけに、壁崩壊直後は東西ベルリンの街並みの違いははっきりとわかるほどだった。だが、ドイツ統一がかなってから16年。東ベルリン側の再建工事やインフラストラクチャーの統一・整備化がどんどん進み、歴然とした違いはいまやずいぶんと薄れた。だがそれは同時に、なにもかもが西ドイツの基準になってしまい、その移り変わりのなかで東ドイツ市民の日常生活に慣れ親しんでいた数多くのものが消滅してしまった、ということでもある。ところが、そういう西ドイツ化の波から市民運動によって救い出された稀有なものがある。それは、横断歩道用の信号表示マーク、「アンペルマン」(=信号マン)だ。

 東ドイツで考案され、1960年代から東ドイツ全土に導入されていたアンペルマンはなかなかチャーミングなデザインだ。西側の標準的な信号マークがスポーツマン系だとすると、こっちはダンディ系。ちゃんとつばのついた帽子までかぶっている。アンペルマンは、みていてほほえましいだけでなく、背は小さいけど骨太の体型(ずんぐりむっくり、というべきか?)、おまけに頭でっかちなので光る面積も広くてよく目立つ。当然、交通信号としての効果も大きい。東ドイツ時代も人気あったというだけでなく、そのチャーミングさは西でも受け、アンペルマンはあっというまに人々の心をつかんでしまった。

 さて、東の信号機は時代遅れという理由で、西ドイツの信号機へのきりかえを信号表示マークもろともすすめていた行政だったが、中の機械はともかく、アンペルマンはそのまま残してほしいという市民の要望や署名運動が大規模な広がりを見せ、マスコミでも「アンペルマン問題」として大きく取り上げられるようになってからは見直しを迫られた。かくしてアンペルマンの存続がめでたく決定し、東ベルリンの横断歩道はアンペルマンが以前どおり「ワタレ/トマレ」の指示を出しているである。

 というわけで、「ここ、西? 東?」の問いには、「信号がアンペルマンなら東」と答えればたいていまちがいはなかった。ところが、最近は旧西ベルリン地区でもアンペルマンを頻繁に目にするようになった。あまりの人気ぶりに、行政側は今度は西の信号をアンペルマンに切り替える動きにでているらしい。存続をかけて戦ったアンペルマンの、まさに予想外の逆転劇である。そればかりではない。このアンペルマンはなかなかな商売上手で関連グッズもたくさんつくられ、ベルリン土産としても高い人気を集めている。

 統一の荒波から救われてうまく資本主義の波にのった、したたかなアンペルマン。ベルリン中の横断歩道をアンペルマンが制覇する日がくるのだろうか?


プロフィールプロフィール

プロフィール

木本 栄(きもと・さかえ)

 翻訳家。イギリスのロンドン生まれ。両親の仕事の都合で、1982年に渡独。ケルンのギムナジウム(中学・高等学校)を経てボン大学を卒業。1995年以来、ベルリン在住。主な訳書に「ちいさなちいさな王様」(講談社)、「ケストナー・ナチスに抵抗し続けた作家」(偕成社)など、多数ある。
木本栄さんの著作一覧

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