第3章 難産

 2013年3月26日。
 勝てばW杯ブラジル大会出場が決まるアジア最終予選第6戦。地元アンマンの大声援を背に挑んでくるヨルダンは、9カ月前に6―0と圧倒したヨルダンとは別のチームだった。日本が重ねる逸機にも助けられ、逆襲を繰り出す。前半終了間際にCKから失点。後半15分には相手FWに独走を許し、まさかの2点差。

 尻に火がつき、香川真司がゴール。内田篤人のドリブルがPKを誘った。キッカーは遠藤保仁。しかし、右隅を突いたシュートはGKに阻まれた。ポーカーフェースのベテランがうつむき、顔をゆがめた。

 最終予選初黒星を喫した一戦は、アウェーの過酷さを改めて浮き彫りにもした。360度から降り注ぐブーイング。PKを蹴ろうとした遠藤の顔には観客席からレーザー光線が照射された。主将の長谷部誠は言った。「予選突破は簡単ではないと思い出させられた」

 もっとも、日本は重要なピースを負傷で欠いていた。本田圭佑と長友佑都。とりわけ本田という存在が、W杯出場5度目にして初めてホームで予選突破を決める筋書きを、ドラマ仕立てに変える。

 消化試合のはずが一転、大一番となった6月4日のオーストラリア戦。本田のコンディションは微妙だった。当時プレーしていたCSKAモスクワ(ロシア)の日程の影響で、帰国したのは試合前日だった。

 舞台が大きくなればなるほど影響力を増すエースに、監督のアルベルト・ザッケローニは賭けた。

 6万2172人で埋め尽くされた埼玉スタジアム。本田は先発でトップ下を張った。5日前に惨敗した親善試合ブルガリア戦がうそのように、チームは落ち着きを取り戻した。今度は引き分けでも予選突破が決まる。0―0の展開は、ほぼ思惑通り。そして迎えた後半36分、勝負の綾が訪れた。オーストラリアの大きく弧を描くクロスが川島永嗣の頭上を越え、そのままゴールに吸い込まれたのだ。

 落ち込む暇はない。かさにかかってゴールに迫る日本。時計の針が45分に差しかかり、本田のクロスが相手の腕に当たった。PKだ。俺が蹴らずに誰が蹴る。そんな風情で、本田がペナルティースポットに歩み寄った。下を向き、ほおを大きく膨らませる。上を向き、また深呼吸。「(観客席の)みなさんがプレッシャーをかけてくれたんでね。結構、緊張した」。GKが右に跳ぶのを見透かしたように、シュートはど真ん中へ。「真ん中に蹴って取られたら、しゃあないなと」

 観客席に駆け寄り、両手を広げて喜びを分かち合う本田へ、幾重にも仲間が折り重なる。「10歳は年を取った気がする」とザッケローニが肝を冷やした一戦の決め手は、エースの度胸だった。

 一夜明けての記者会見。雛壇の片隅に座った本田は、やはり主役になった。W杯まで、あと1年。何が必要なのか。2分半かけて答えを紡いだ。

 「シンプルに言えば、個。昨日、GKの川島選手が、しっかり1対1で守ったところをさらに高める。今野選手が(オーストラリアの)ケーヒルに競り勝ったところをさらに磨く。(長友)佑都と(香川)真司がサイドを個人で突破した精度を高め、あれをブラジル相手にもできるようにする。ボランチの2人は、どんなにプレッシャーが来ても必ず攻撃陣にパスを供給できるように、そして守備では常にコンパクトにボール奪取を繰り返す。岡崎選手や前田選手は、決めるべきところをしっかり決める。究極のところ、最後は個で試合を決することがほとんどなんで」

 大陸王者が集うコンフェデレーションズカップの開幕は、10日後に迫っていた。

第4章 苦境

 2013年6月15日。
 ブラジルの首都ブラジリア。W杯のプレ大会となるコンフェデレーションズカップの開幕戦。観客席はカナリア色に染まっていた。威信をかける開催国に、日本は本物の世界を知らされた。

 前半3分のブラジルだった。マルセロがクロス。フレジが胸で落とした。走り込んだネイマールが右足を振り抜いた。ゴール。

 簡潔、正確、素早い1タッチプレーの連続だからこそ、点を奪う作業をいとも簡単に感じさせてしまう。フレジを長友佑都がマークし、ネイマールには吉田麻也と遠藤保仁が前後から詰めたが、あらゆる反応が遅れていた。

 大歓声に包まれて拳を掲げるネイマールと、視線を落とす日本の選手たちのコントラスト。終わってみれば、0―3の完敗だった。「中学生とプロのレベル。悔しい気持ちを通り越している」。長友は、大会前の本田圭佑の発言でクローズアップされた「個」の差に触れ、そう表現せざるを得なかった。

 監督のアルベルト・ザッケローニは主将の長谷部誠をホテルの自室に呼び、訴えた。彼我の差を埋めるため、W杯南アフリカ大会のように守備的な戦い方を選ぶ道もあるけれど「自分たちのサッカーで世界を驚かせたい」と。選手たちは共感し、続くイタリア戦で3―4の打ち合いを演じる。連動攻撃と積極性を取り戻し、再浮上のきっかけをつかんだかに見えた。

 しかし、疲労をためたメキシコ戦に敗れ、3戦全敗で大会は終わった。「最後の判断、精度。アジアで許される甘さが世界では許されない。欧州でプレーする選手が増えて『日本は強くなった』と思われるかもしれないけれど、これがいまの実力」。内田篤人の反省は、越えるべき壁の高さを再認識させた。

 現実を突きつけられて足元が揺らいだように、強化試合の戦いぶりは不安定に陥る。

 8月のウルグアイ戦。中途半端なプレーで守備陣がボールを渡し、勝負どころで注意力が散漫になるコンフェデレーションズカップの失敗を繰り返し、2―4と失点がかさんだ。守備戦術の基本を見直した9月は調整不足の相手にも助けられ、グアテマラに3―0、ガーナに3―1と連勝。そしてアウェーに打って出た10月の欧州遠征で、チームに分岐点が訪れる。

 セルビアに0―2、ベラルーシに0―1。2試合ともボールを長く支配し、パスを回すことはできた。ただ、日本が中盤で回すのは相手も想定済み。いち早くゴール前を固められ、その前で横や後ろにボールを動かすだけの悪循環に陥っていた。逆に失点は、警戒するべき局面をことごとく突かれて喫した。セットプレー、ミスからの逆襲、ミドルレンジからのシュート。すでにW杯欧州予選敗退が決まっていた相手に苦杯をなめさせられ、90分間を通じた駆け引きや試合運びのつたなさが浮き彫りとなった。

 この時期、選手とメディアがやり取りを交わすミックスゾーン(取材エリア)にも小さくない変化が起きていた。個々の発言が、それぞれ趣を異にし始めたのだ。

 細かいパスワークは日本の良さだから、こだわるべき。いや、時にはロングボールを入れてこぼれ球を拾う攻め手も織り交ぜた方がいい。一番いけないのは、バラバラになること。負けても、まとまって、前を向いて進まなければ……。

 端から見れば、チームは空中分解の危機をはらんでいるように思えた。ベラルーシ戦後、沈黙を守り続けてきた本田が口を開いた。

 「育った環境も違えば、サッカーをしてきた環境も違う。攻撃の仕方も守備の仕方も、個々で考え方は異なる。正直、ぶつかるのが遅いくらい。ちなみに前回のW杯で『このままじゃ負けるぞ』と話し合ったのは直前のスイス合宿だった。今回、この時点で、みんなが危機感を持っているのは進歩。今回は妥協は許さない」

 遠征の終盤、選手たちはザッケローニ抜きのミーティングを開いて意見を戦わせた。腹を割って話し合えたことで、ある意味、チームは吹っ切れる。

コンフェデレーションズカップ ブラジル2013 結果
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