文 : 中川文如撮影 : 上田潤制作 : 白井政行、佐藤義晴、秋澤祐磨、大屋信徹

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2013年11月16日。
ベルギーの片田舎ゲンクで、日本はオランダに挑んでいた。あっさり2点を失い、またも敗色濃厚な空気が漂う前半終了間際。長谷部誠が右からドリブルで攻め上がった。反応したのは、大迫勇也だった。

左に膨らんでマークを外し、パスを呼び込む。右足の柔らかい1タッチシュートをゴール左隅に収めた。何度も右拳を握りしめ、叫ぶ。後半に入ると、内田篤人や岡崎慎司とのよどみない連係で、本田圭佑の同点ゴールをアシストした。

「僕に与えられる出番は限られる。そこで結果を出さなければと思っていた」。大迫は、国内組だけで臨んだ夏の東アジア杯から呼ばれるようになった「新顔」。海外組も含めた真のチームで得点を挙げたのは初めてだった。10月の遠征で2連敗したチームに新鮮な風を送り、オランダ相手の引き分けに一役買った。

続くベルギー戦で、もう一人の大器が目を覚ます。天才と呼ばれ続けた潜在能力を、ようやくセ大阪で解き放ち始めた、柿谷曜一朗だった。

やはり東アジア杯からチームに加わり、前田遼一に代わって1トップとして重用された柿谷。しかし、シュートミスを重ね、途中出場したオランダ戦でも好機を生かせなかった。「ビッグチャンス。本人が一番わかっているはず」(遠藤保仁)、「あれは決めないと」(香川真司)と叱咤されていた。

背水の陣で先発したベルギー戦。前半37分だった。酒井宏樹の右クロスに、体を「くの字」に曲げたジャンピングヘッドで飛び込むゴール。得点後はすぐボールを拾い、小走りで自陣に引き返した。表情を崩さない振る舞いに、1点くらいで借りは返せないとの覚悟がにじんだ。

あの10月の選手ミーティングもチームを好転させていた。思いの丈をぶつけ合う過程で、如実に意識が変わったのは岡崎だった。

「裏に抜けるから見てほしい」と練習から周りに訴えた。「僕は自分から何かを発言するタイプではなかったんだけど……」と岡崎。「パスの出し手に受け手が合わせる攻撃が続いてきて、受け手として出し手に要求する必要があると感じた。縦に速く攻めるバリエーションが欲しかった」

愚直に裏へと飛び出す動きは、技巧派ぞろいのチームで輝く岡崎の異質な個性でもある。細かくパスをつなぐ「型」にこだわりすぎ、窮屈で手詰まり感に覆われていた攻撃を、臨機応変に染め直した。岡崎自身もベルギー戦でゴールを奪い、3―2と競り勝った。

主将の長谷部は、後に10月の遠征をこう振り返っている。「負けて良かったとは言わないが、『僕たちがやろうとしていることは、これじゃないんだ』と再確認できた」。心もプレーもまとまりを取り戻し、新戦力が存在感を示した結果の勝利だった。

2014年5月12日。
就任記者会見の時と同じように、報道陣がひしめく都内のホテル。あの日より目元に深くしわを刻んだ監督のアルベルト・ザッケローニが、W杯に臨む選手23人のリストを手にしていた。Jリーグなど232試合を視察し、吟味を重ねた選考。何度もリストに視線を落として確かめがら、一人ずつ、思いを託すように名前を読み上げた。