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コラム「The Road」

岡崎慎司 ゴールを決めてこそ

2011年7月26日

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写真拡大シュツットガルトでプレーする岡崎慎司=千葉格氏撮影

写真拡大「点を取れるところは無限大にある」と自信を深めた岡崎慎司=遠藤啓生撮影

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 日本代表FW岡崎慎司(25=ドイツ・シュツットガルト)は6月、身も心もぐったりしていた。しかし、そこには心地よさも同居していた。世界レベルを求めたこの1年半の間に、シンプルで重要な一つの結論に達したからだった。

W杯前の親善試合
半端ではない相手の圧迫感
「海外に出る」岡崎は決めた

 「疲れましたね。大変だったけれど、今までにない本当に恵まれた1年半だったと思う」。岡崎はこう切り出した。

 2010年1月に、ワールドカップ(W杯)南アフリカ大会に向けて、日本代表の合宿が始まった。春にはJリーグが開幕。6月から7月にかけてのW杯を経て、またJリーグ。天皇杯も11年元日の決勝まで進み、同年1月にはカタールのアジアカップで優勝。その足で、ドイツに渡り、この6月までシュツットガルトでリーグ戦を戦った。ほぼ休みなく、体を動かしてきたと言える。

 「能力が足らないなってずっと思っていた」。08年、23歳以下の北京五輪に出場し、3連敗。世界との差を感じた。ただ、漠然と海外に行かないとだめだと思っていたが、その思いは、W杯で確信に変わった。

 より正確に言うならば、W杯の前の親善試合で、それを痛感したという。10年5月のコートジボワール戦だった。相手のセンターバックはK・トゥーレとゾコラ。イングランド・プレミアリーグとスペインリーグで活躍する選手だった。岡崎は「背中で感じる圧迫感は半端ではなかった」と振り返る。

 岡崎の持ち味は、相手の守備の裏側に抜ける動きだ。だが、味方の中盤やサイドでパスの出どころをつぶされたら、岡崎は何もできなかった。岡崎のスタイルには、自分で突破するという選択肢がなかった。

 この試合でわかったことがあった。「ここで平然とやっているやつが本大会で使われる。自分の思うがままに動いていたやつが」。それが、同学年のMF本田圭佑(CSKAモスクワ)であり、DF長友佑都(現インテル・ミラノ、当時FC東京)だった。そして、岡崎はセンターフォワードのポジションを、本職でない本田に奪われた。それが大会の直前だった。

 「しょうがなく、圭佑がセンターフォワードに入った感じがした。自分がもっとできたらそこに入れたはずだった。本当に悔しかった」。裏に走り抜けることだけでなく、ボールを受けるような動きをしたり、ためを作ったり。自分に足りないものばかりが見えた。

 結果は同じ16強でも、ライバル韓国との差も感じた。日本のようにじっくり守備を固めてカウンターを狙うのではなく、世界と対等に渡り合って勝負ができていた。このままでは日本はいけないと感じた。韓国も、朴智星(マンチェスターU)を筆頭に海外でプレーする選手が多かった。

 帰国後のJリーグ。所属していた清水は優勝争いに加わるが、最後の詰めが甘く、優勝できなかった。岡崎は「原因は自分じゃないか」と思っていたという。

 W杯が終わってからは、ボールをもらうと、とにかく意識してシュートまで仕掛けていくようにしていた。しかし、点が取れているのは周りの選手の助けがあるから、とも痛感していた。自分が独力で切り崩していくことはなかなかできない。だから、パスの供給源が断たれると、自分が何もできないばかりか、チームの得点力不足を呼んでしまうのではないか。

 「Jリーグでも成長できるけど、限界がある。自分は今、周りの人が作ってくれたレールに乗っているだけ。レールから外れないといけない」

    ◇

 そんな岡崎に注目したのが、ドイツ1部シュツットガルトのボビッチ強化部長だった。90年代にドイツ代表で活躍したFWだ。岡崎が海外移籍したいという意向を持っているのは聞いていた。代理人の意見だけでなく、ビデオを見たり、選手時代の知り合いを通じて評価を聞いたりするのが、ボビッチ強化部長の選手の獲得方法。かつてシュツットガルトに所属した元浦和のブッフバルトさんに評価を聞いたりしたという。

 そして、実際に11月には静岡に足を運び、清水―広島戦を見た。熟慮の末の評価は、「体は小さいけれども、動きはいいし、四つのポジションでプレーできる。守備も手を抜かない」。得点力はあるが前線からの守備が弱く、失点を繰り返していたシュツットガルトにぴたりとはまった。

デビュー戦、仲間の心つかむ
動き出すと周りがフォロー
考え方はシンプルに

 岡崎が幸運だったのは、シーズン途中の2月からの合流だったにもかかわらず、チームにうまくフィットしたことだろう。移籍手続きのトラブルで、試合に出られなかったことが逆に功を奏した。合流していきなりの出場ではなく、2週間かけてチームと練習し、特徴を確認し合えた。1部残留を争うチーム状況に、岡崎も「神様が休む時間をくれたとポジティブに考えた。ここで活躍したら、救世主になれる」と感じていた。

 デビュー戦は欧州リーグ・ベンフィカ戦。試合は1―2で敗れたが、岡崎はフル出場。得点はなかったが、献身的な守備でチームのフォロー役に回った。それが、チームメートの心をつかんだ。「デビュー戦の後、周りが、かなりしゃべりかけてくれるようになった」という。

 夕食に誘われたり、映画に行ったり。25歳を迎えた4月16日には誕生会を開いてくれた。「なぜか、全部自分のおごりで、ケーキも切り分けて配った」と苦笑するが、溶け込んだ証しでもある。シュツットガルトの下部組織のコーチで、岡崎の通訳を務める河岸貴さん(34)も「天真爛漫(らんまん)な性格もあって、あっという間に受け入れられた」という。

 ただ、決してすべて順調ではなかった。「守備も手を抜かず、献身的にやってくれている」とボビッチ強化部長や、ラバディア監督の評価は高く、ずっと先発出場はしていたものの、得点を挙げられなかった。

 岡崎がW杯の時に「足りない」と痛感し、求めていた動きがなかなかできない。足元でボールを受け、独力で点につなげる動きだ。守備に奔走し、点を奪いにいく前に疲れ切ってしまう。「今季は、1点も取れないかもしれない」と漏らしたこともあった。

 だが、最後の2試合。連続ゴールで、伸びるきっかけをつかんだ気がした。降格がほぼなくなり、いい意味で少しさぼり、攻撃に比重を置いた。

 「俺はあんまりミスしていないけれど、結局インパクトあるのはミスばっかりしても点を取る選手だと気づいた。降格もほぼ無いんだったら、もっとチャレンジして、俺から動いていったら、周りも動いてくれるんじゃないかと思った」

 開き直って自分から動き出すと、周りの選手が逆に献身的に自分のフォローをしてくれた。すると、ゴールチャンスが訪れ、2試合連続得点。結果が自然と転がり込んだ。周りの助けに頼るのではなく、周りの助けを呼び込んでいた。

    ◇

 9月からW杯ブラジル大会に向けて、アジア予選が始まる。それでも、W杯はまだだいぶ先のことのように思える。

 岡崎は当面の目標に、ドイツリーグで活躍することを掲げる。「シュツットガルトはリーグ優勝したこともあってポテンシャルはあるチーム。ここで自分が点を取って優勝争いをして、欧州チャンピオンズリーグに出場したい」

 日々、メルセデス・ベンツ工場の目の前にある練習場で試合に備える。シュツットガルトは若手が育つチームとして有名だ。ドイツ代表MFケディラ(レアル・マドリード)やFWマリオ・ゴメス(バイエルン・ミュンヘン)らが、ここのユースから育った。「シンジはまだ若くて伸びしろが大きい」とボビッチ強化部長はいう。

 4カ月のドイツ経験から、考え方がシンプルになった。周りのおぜん立てのおかげだけではダメだとか、独力で切り崩さなければ、とかじゃない。「自分はFW。点を取ってこそ生きる選手」と気づいた。足元のプレーも裏に走り込む動きも、ゴールを奪うためにある。すべてのプレーを、得点につなげるためにすればいいではないか。

 「再びW杯という夢はある。だけど、そこを意識しないで、もっとうまくなりたい」(河野正樹)

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得点ランキング

  1. 1位 (総得点5)
    選手名
    フォルラン (ウルグアイ・31歳 内訳:左足1、右足4、ヘディング0)
    スナイデル (オランダ・26歳 内訳:左足1、右足3、ヘディング1)
    ビリャ (スペイン・28歳 内訳:左足1、右足4、ヘディング0)
    ミュラー (ドイツ・20歳 内訳:左足0、右足4、ヘディング1)
  2. 5位 (総得点4)
    選手名
    クローゼ (ドイツ・32歳 内訳:左足0、右足3、ヘディング1)
    イグアイン (アルゼンチン・22歳 内訳:左足2、右足0、ヘディング2)
    ビテク (スロバキア・28歳 内訳:左足0、右足3、ヘディング1)

7月11日現在

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