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岡田Jの心臓・長谷部 背中押してくれた祖父に誓う活躍

2010年6月15日12時14分

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写真:カメルーン戦で前方の選手に指示を出す長谷部誠=14日、南アフリカ・ブルームフォンテーン、杉本康弘撮影拡大カメルーン戦で前方の選手に指示を出す長谷部誠=14日、南アフリカ・ブルームフォンテーン、杉本康弘撮影

(W杯14日、日本1―0カメルーン)

 「チームのみんなで勝ち取った勝利。日本のみなさんが力をくれた」。試合後のインタビュー。長谷部誠選手は満足げに胸を張った。

 中盤を走り続け、相手の攻撃の芽を摘み続けた。後半43分に交代。左腕に巻いていたキャプテンマークを笑顔で中沢佑二選手(32)に渡した。

 暗中模索を続けてきた日本代表。再建を図る岡田武史監督は5月末、「チームの心臓」と信頼する長谷部選手を試合中の主将(ゲームキャプテン)に指名した。「僕はキャプテンマークを巻いているだけ」。ドイツ・ブンデスリーガで活躍する26歳は、この日の試合後も、いつもと同じ落ち着いた口調で話した。

 静岡県藤枝市出身。サッカーとの出会いは2歳の時だ。祖父松太郎さんが買い与えてくれたボールを、毎朝5時に起きて1人でけり続けた。中学校では主将を務め、チームを県大会3位に導いた。

 だが高校サッカーの強豪の藤枝東高では、その程度の選手はざらにいた。当時の身長は160センチほど。激しい競り合いを好まないスタイルは、周囲に「勝つためのサッカーではない」と映った。

 そんな高校生に、Jリーグ浦和レッズが目をつけた。監督や周囲はみな反対。「どうせ2、3年でやめさせられる」。父敏之さん(53)も不安だった。自身も部屋に閉じこもって悩んだ。

 プロ入りを後押ししてくれたのは松太郎さんだ。「思い切ってやってみろ」。その言葉に、入団を決めた。

 プロ1年目の2002年は途中出場の1試合だけに終わった。年末に実家に帰ると、松太郎さんは病院のベッドにいた。浦和に戻る前日、「おれも(浦和に)連れていってくれよ」と笑いかけた。

 それから1カ月。松太郎さんは69歳で亡くなった。練習を切り上げて故郷に戻った。また長い間、自分の部屋に閉じこもった。

 この日を境に、プレースタイルは一変した。練習で激しく体をぶつけてボールを奪う。先輩に怒声を張り上げ、指示を出すようになった。プロ初ゴールを決めたのは、松太郎さんの死から半年後。両手の人さし指を天に突き上げた。初めてのゴールパフォーマンス。「おじいちゃん、ゴール決めたぞ」。そんな思いを込めた。

 06年、日本代表デビュー。08年にドイツに移った。主力に成長し、09年にチームをリーグ初優勝に導いた。

 W杯を前にした5月中旬。故郷の松太郎さんの墓に手を合わせた。

 「がんばってくるよ」

 この日に向けて南ア入りした敏之さんは、バッグに松太郎さんの写真をしのばせてきた。ピッチを駆ける孫の姿を見せてあげたかった。

 「一生懸命よくやった。次も気を引き締めてチームをまとめてほしい」と更なる活躍を祈った。(山口裕起、富田祥広)

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  1. 1位 (総得点5)
    選手名
    フォルラン (ウルグアイ・31歳 内訳:左足1、右足4、ヘディング0)
    スナイデル (オランダ・26歳 内訳:左足1、右足3、ヘディング1)
    ビリャ (スペイン・28歳 内訳:左足1、右足4、ヘディング0)
    ミュラー (ドイツ・20歳 内訳:左足0、右足4、ヘディング1)
  2. 5位 (総得点4)
    選手名
    クローゼ (ドイツ・32歳 内訳:左足0、右足3、ヘディング1)
    イグアイン (アルゼンチン・22歳 内訳:左足2、右足0、ヘディング2)
    ビテク (スロバキア・28歳 内訳:左足0、右足3、ヘディング1)

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