【攻略編】元競歩選手が指南/100㎞歩ききるためには(後編)
2023.5.18

100kmを完歩するために準備するべきことは何か。大会中に気をつけるポイントは――。前回に続き、シドニー五輪競歩代表で、現在は健康増進目的のウォーキングから、競技性の強いロングウォークまで幅広く指導する、柳澤哲(やなぎさわ・さとし)さん(52)に聞きました。
かかとで着地、地面に力を伝える
――長い距離を歩くのに適した歩き方は?
ランニングはつま先着地がはやっていますが、ウォーキングでは、かかとから着地することを意識してほしい。ウォーキングでは、片方の足が必ず地面に着いている状態です。かかとから着地することで、つま先に体重移動する間、地面に長く力を伝えることができる。足を大きく踏み出さないことも大切です。足を大きく踏み出すと、着地までの時間がかかり、支えている方の足に負担がかかる。また、両腕を下げたまま長距離を歩くと、手や指がむくむため、腕を曲げながら振ること。これらのことを練習の時から意識しましょう。
㊨かかとから踏み出す意識を持つこと。大きく踏み出さないことも大切だ
㊧意識して両腕を曲げて振ることで、手や指のむくみを防ぐことができる
――シューズや服装は?どんなもの準備すればいいでしょうか。
クッション性の強いものではなく、硬めのものをお勧めします。ランニングならクッション性の高いものを選ぶと思いますが、ウォーキングでは地面を蹴る力も吸収してしまう。
ただ、人の足は千差万別で、顔と同じくらい違います。まずは履いてみて、自分の足にフィットする感覚があるかどうか。10km歩けば、自分の足になじむかどうかは分かります。マメができたり、筋肉痛になったりするシューズは合っていない。片方の足が痛くなると、それをかばってもう一方の足も痛くなり、棄権をする確率が高くなってしまいます。
服装は汗や雨でぬれることを前提に準備すること。着替え用の速乾性Tシャツを2~3枚用意しておけば安心です。気温が上がれば体温も上がり、疲れがたまる。ジッパーがついたウェアは、気温の変化に応じて体温調節ができて便利です。
エクストリームウォークは都心で開催されるため、食べ物は途中で調達できる。飲食物は最小限にして、ゼリー1個、ドリンク1~2本あれば十分です。水で薄めたスポーツドリンクは、体に吸収されやすいのでお勧めです。食事は胃への負担を減らすためにも、少量をこまめに摂取すること。ただ、ゼリーだけだと空腹感がある。スポーツようかんや菓子パンは糖質も多く、咀嚼(そしゃく)することで満足感が得られます。
――大会中に気をつけること、けがを防ぐには?
マメが出来ると痛くて進めなくなります。マメができる原因の一つとして、シューズの中で足がずれ、皮膚に強い圧力がかかることが挙げられます。シューズが大きいとずれやすくなるため、ジャストフィットサイズのシューズを履くことが第一です。
エクストリームウォークのように、20時間以上も歩くと、衣類の布や自分の肌すら凶器になります。こすれた部分がすり傷のようになることもある。摩擦が起きやすい場所、足裏や内もも、わきの下、ベルトまわり、リュックが当たる部分などにあらかじめワセリンを塗って予防しましょう。
また、ペースの変動はスタミナのロスにつながります。前半、後半で大きくペースを変えないこと。時には仮眠を取ることも必要ですが、休憩する時も、「○時○分まで」と決めておくことが大事です。10kmごとに目標を決め、それを一つ一つクリアしていく意識で100km先のゴールをめざしましょう。
社会の中で、スポーツの価値を高めたい
――ウォーキングを指導する際のやりがいは何ですか?
コロナ禍など、社会情勢が悪くなった時、実業団の陸上部が真っ先に廃部になる現実を見てきました。最近ではWBCが盛り上がっていましたが、まだまだ社会の中で、スポーツの価値が低いと感じています。例えば「ウォーキング」で検索すると、ファッション系のサイトに行き着く。アスリートとして歩いてきた自分だからこそ、伝えられる技術があるはずです。
競技を引退後、2005年から5年間、「東京大学生涯スポーツ健康科学研究センター」に技術補佐員として務めていました。そこで体力が低い人や知的障害のある人に教えたことで、一般の方とスポーツ選手は強度が違うだけで、アプローチの仕方は変わらないことに気がついたのです。自分の中で指導の幅がグンと広がりました。
ひざ関節症で速く歩くことをあきらめていた人が100kmウォークに挑戦し、「こんなに速いタイムで歩けるとは思っていなかった」という声を聞かせてくれます。様々な人たちの挑戦をサポートし、不可能だと思っていたことを可能にする。その喜びは何物にも代えがたい。これからもウォーキングを通して、社会とスポーツのつながりを深めることに貢献できればと思っています。