──健診に関して、課題だと感じていることはありますか。
小幡 私の父は「手遅れになってしまうがん患者さんを減らしたい」との思いから、まだ日本で健診が根付いていなかった50年以上前に、人間ドックや健診に注力するクリニックを横浜に開業しました。その思いを引き継ぎ、いまは私が院長として多くの患者さんと接しています。
近年、健診の受診自体は習慣化しつつありますが、その健診結果を活かせているのかというと、残念ながらまだまだ不十分だと感じます。要再検査の項目があっても「この程度なら問題ないだろう」と放置してしまう、糖尿病や高血圧症などを指摘されても生活習慣を変えない、といった人が一定数いることは気がかりですね。
──では、健診の意義を改めて教えてください。
小幡 健診は、自覚症状のない病気を早期に発見し、早期の治療につなげるという点で非常に重要です。生活習慣の改善点を知ること、経年変化を把握し健康な状態の指標を知ることにも役立ちます。
田村 私が勤める横浜市立大学附属病院は、小幡先生のような地域のかかりつけの先生方から患者さんの紹介を受けて対応する立場です。私も腎臓専門医として精密検査やその後の治療にあたっていますが、腎臓のように、異常があっても初期段階では症状が現れない臓器の場合は特に、健診の果たす役割は非常に大きいと感じています。
──今日のテーマ「腎臓」について、まず、どんな機能があるのかを教えてください。
田村 腎臓は「健康寿命の延伸」に多大な貢献をしている臓器です。主な機能は「①血液の中から体に不要なものを取り除き、それを尿として体の外に出す」「②体内の水分量や、ナトリウムやカリウムなどの電解質のバランスを維持する」「③血圧をコントロールする」「④骨を丈夫にするために必要なビタミンDを活性化して骨を強くする」「⑤赤血球を作るためのホルモンを作る」というものです。腎臓は尿を体の外に出すだけでなく、体の「恒常性の維持」、すなわち、体内環境を一定に保つために重要な役割を担っています。
──腎臓はどのような構造になっているのでしょうか。
田村 腎臓は腰の辺りに左右一つずつあり、大人の場合、片方の重さは約150gで、握りこぶしぐらいの大きさです。腎臓の中には、ネフロンと呼ばれる尿を作るための小さな装置がたくさん詰まっていて、その数は片方で約100万個もあります。ネフロンには「糸球体」という毛細血管の集合体があり、これは血液を濾過(ろか)して原尿(=尿のもと)を作るフィルターのような役割をしています。
糸球体で濾(こ)された原尿は、「尿細管」という細長い管を通過します。この管の中で、体に必要な水分やナトリウムなどの電解質、栄養素(糖)などがもう一度体に戻されます。そして、残った不要なものだけが尿として集められ、腎臓の出口に運ばれます。その尿は尿管を通って膀胱(ぼうこう)にたまり、最終的に体の外に出されます。

──健診結果で確認すべき腎臓に関する項目について、解説をお願いします。
田村 腎臓に関する検査項目は、尿検査で測定される「たんぱく尿」、血液検査での「クレアチニン」、そして「eGFR(推算糸球体濾過量)」の3つです。
「たんぱく尿」は、通常より多くのたんぱく質(主にアルブミンやその他のたんぱく質)が尿の中に出ている状態です。たんぱく質は体にとって大切な成分で、通常は腎臓で濾されて尿にはほとんど出てきません。しかし、腎臓の働きに問題があると、たんぱく質が漏れ出して尿に混ざることがあります。検査結果は、「−」(たんぱく尿なし)、「±」(少しだけある)、「1+」「2+」(たんぱく尿がある程度多い)などで示されます。
「クレアチニン」は、筋肉が動くときにできる老廃物のことです。通常、この老廃物は腎臓で濾されて尿として体の外に出されます。血液中のクレアチニン濃度が高い場合は、腎臓で濾過されるはずの老廃物が体内に残っている、つまり腎臓の機能が低下している可能性があることを意味します。
「eGFR」(推算糸球体濾過量)は、このクレアチニンの値と年齢・性別から算出したもので、腎臓が1分間にどれだけ血液を濾過できるかを推定した値です。標準的な体格の成人の場合、通常「60ml /分/1.73m2」が目安とされ、これを下回ると腎機能低下の疑いがあります。

──健診で「要再検査」と言われたら、どんな検査をするのでしょうか。
小幡 再検査は、時間や状況を変えて検査をしても異常値が続くかどうかを確認するための検査です。健診当日の体調や一時的な要因で異常な数値が出ることもありますから。血液検査と尿検査を再度行い、ここでも異常があった場合は、より精密な検査を行って原因を特定し、今後の対策を検討していく流れになります。再検査や精密検査は、医師が総合的に状態を診て必要性を判断したものですので、通知がきたら、必ず検査を受けてください。
──特に患者数の多い腎臓の病気について、教えてください。
田村 先ほど説明した、たんぱく尿やクレアチニン、eGFRの値の異常が3カ月以上続く場合、「慢性腎臓病」(CKD:Chronic Kidney Disease)と診断されます。日本では20歳以上の約5人に1人がCKD患者と推定され、その数は約2千万人に上るといわれています。CKDは、糖尿病や高血圧、糸球体腎炎、遺伝など様々な原因で発症します。ただし「沈黙の臓器」といわれることからもわかるように、腎臓はその機能が低下しても初期ではなかなか症状が現れません。だからこそ、健診での定期的なチェックが欠かせないのです。
──では、腎機能の低下がさらに進むと、どんな症状が出てくるのでしょうか。
田村 腎機能の低下が進むと、体内の水分をうまく排出できず足や顔がむくんだり、老廃物がたまったりするため、だるさや疲れやすさ、食欲低下、かゆみなどのほか、高血圧、貧血、夜間尿や頻尿、息切れ、骨がもろくなって骨折しやすくなるなど、様々な症状が現れることがあります。
──CKDが進行した場合、どのようなリスクが考えられますか。
田村 CKDはたとえ初期・軽度であっても、「心不全」「心筋梗塞(こうそく)」「脳卒中」のリスクを高める可能性があることがわかっています。腎機能が低下すると、体内の水分や塩分の調整がうまくできなくなり、尿毒素も蓄積します。これにより高血圧や動脈硬化が進みやすくなり、心臓への負担が増えてしまいます。高血圧や動脈硬化そのものが腎機能のさらなる低下を招くこともあります。

CKDがさらに進行して末期腎不全になると、腎臓の働きを補うために「人工透析」や「腎移植」が必要となる場合があります。患者さんのQOL(Quality of life=生活の質)を考慮しても、ここまで重症化する前に進行を抑制することが重要な課題の一つです。
──CKDと診断された場合、どのような治療をするのでしょうか。
小幡 CKDは生活習慣の改善によって進行予防が可能な病気です。担当の先生とよく相談のうえ、食事や適度な運動、禁煙、適正体重の維持、血圧・血糖・脂質のコントロールなど、生活習慣の見直しに取り組んでください。
ちなみに私のクリニックでは、「これはダメ」ではなく「こうすればいい」という考え方を大切にしています。たとえば、「食事は『差し引き』で考えればOK。食後にメロンを食べたいなら、ごはんを減らしましょう」というように。生活習慣の改善は長い道のりです。担当医と相談しながら、良い方法を考えてみてください。

田村 近年は、薬物療法も進歩しています。CKDの治療はこれまで、血圧や血糖を下げる、コレステロール値を下げるなど、間接的な手立てしかありませんでした。いまは、治療薬の選択肢が増えてきており、新たな薬の治験も進んでいます。
──CKDの早期発見・早期治療のための事業が横浜で進められているそうですね。
小幡 厚生労働省のモデル事業の一つとして、2年前に「横浜慢性腎臓病(CKD)対策協議会」が発足し、CKDの早期発見・早期治療・重症化予防のための診療体制の構築などに取り組んでいます。
田村 特に、かかりつけ医と腎臓専門医が連携しながら治療にあたる「二人主治医制度」は、患者さんにとっても安心感や通院負担の軽減につながります。ほかにも、健診機関・かかりつけ医から専門医への紹介基準の明確化、多職種(医師や看護師、保健師、管理栄養士、薬剤師など)が連携して包括的サポートを行う体制の構築、健診データと医療情報の連携など、様々な取り組みを進めています。

──実際に取り組まれて、手応えはいかがですか。
田村 いま、横浜市金沢区をモデル地区として、先行して事業を始めています。これまで腎臓専門医に紹介されてくる患者さんは、CKDの重症度分類(ステージ1~5 ※下図参照)のうち、ステージ4や5など重症の方が多い傾向にありました。対して「金沢区先行モデル」ではステージ3の前期など、より早い段階で紹介される患者さんが多いという中間報告が出ています(2025年7月現在)。

田村 早期に発見して早期に治療介入をするほど、CKD進行の抑制効果が大きくなることは既に実証されていますので、このモデルの効果は大いに期待できると考えています。金沢区先行モデルを、いずれ横浜市全域、そして日本全国へと展開していけるよう、まずはこの地でしっかりと効果・課題を検証し、CKDの重症化予防に貢献していきたいと思います。
──最後に、読者に伝えたいことはありますか。
小幡 自分の健康を守ることに、もっともっと主体的になっていただきたいですね。日本人の死因の多くを占める「がん」や「心疾患」「脳血管疾患」などについては、親族の病歴なども考慮したうえで、健診の項目を検討したり、生活習慣を見直したりするといいでしょう。特に若い世代は、50~60年後にその成果がきっと出るはずです。中高年の人も、健診結果をぜひこれからの毎日に活かしてください。健康の維持・向上に遅いということはありません!
田村 腎臓の疾患は「遺伝的な要因」と、生活習慣などの「後天的な要因」が相互に作用して発症することが多いので、親族の病歴を把握する意味は大きいと思います。また、がんや生活習慣病をはじめ多くの疾患について、「初期の異常を放置すると、その後、体にどんなことが起こるのか」を理解している人がまだまだ少ないように感じます。疾患や健診の情報がよりわかりやすく、より多くの人に届くよう、私たちも力を尽くしていきます。


