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特別養子縁組

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イベント採録

特別養子縁組セミナー@中国地方

日 時
3月17日(日)13:30〜16:30
会 場
RCC文化センター(広島市中区橋本町5-11)

基調講演
「特別養子縁組制度と社会的背景、制度推進のために」 家庭での養育が
社会的コストも軽減する

日本女子大学 人間社会学部 社会福祉学科 教授 林 浩康さん

できるだけ早く子どもに家庭を提供する必要性

2016年に児童福祉法が改正され、生みの親が育てられない子どもにも、家庭と同様の環境で継続的に養育されるための措置を講じるように記されています。現実には、そのうち約8割の子どもが施設で生活しており、児童養護施設の入所期間が10年を超える子どもは14%を占めます。

ある統計によると、入所期間が3年を超えると、家庭に復帰できる可能性は著しく低下するそうです。養子縁組家庭や里親家庭に委託される場合も、子どもの年齢の上昇とともに適応が難しくなります。だから国は、児童養護施設では3年以内に、子どもが家庭で暮らせる可能性を追求するよう提言しています。幼少期にできるだけすみやかに、生みの親が育てるのか、あるいは養子縁組するのかを決めてくださいということです。

私自身、社会的養護のもとで暮らして成人した方々へのインタビューを通じて、最近感じることが2つあります。一つは、親子としての公的な関係が、子どもの後々の発達に影響を及ぼすということです。子どもは法的な親子関係に敏感で、場合によっては5歳の頃から養子縁組という言葉を知っています。ずっと里親に育てられていたが、早く養子縁組をしてほしかった、という方もおられました。

もう一つは、里親委託を解除された子どもの孤立の問題です。成人して施設を措置解除される場合には、同年代のお子さんと施設を出て、横のつながりが残ることが多いです。しかし里親の元を出たお子さんには、里親が別のお子さんを受託していたりして、経済的な援助を受けたり相談を乗ってもらえることが難しい状況にあります。元の里親家庭に実家のように通えるお子さんもおられますが、里親との関係が途切れて孤立していくという問題を多く目にします。

ごく当たり前の家庭で非認知能力は高められる

子どもが養育される「家庭と同様の環境」には、一定の要件を満たすことが望ましいと言えます。具体的には、主たる養育者が一貫していること、その養育者と生活基盤を共有していことなどが挙げられます。そして大事なのが、生活を共有して、子どもの感情表現を助けるような、情緒的な交流をするということです。交流を経験していれば、後々の人生で危機的な場面に遭遇した時にも、自分の感情を表現できるような準備態勢を整えることができます。

さらに、家庭で何気なくやっていること一つ一つが、自立した時に大きな学びとして役立ちます。例えば、施設で育った子が里親家庭に行った時に、食事に前日の残り物が出ることに戸惑うそうです。施設なら廃棄処分になっていたのを、家庭では柔軟に対応することを生活の中で学ぶのです。また、ごく当たり前の地域社会に存在し、ごく当たり前の家庭で暮らすことで、子どもは自分の境遇が特別ではないという感覚を経験します。

家庭生活で大切なこれらの要件をまとめると、「依存体験」と「生活体験」に集約できると思います。この2つの体験は、非認知能力を育むのに大きく影響していると言われています。非認知能力とは、目標に向かって頑張る力や、誘惑に負けず自己を統制する力、自尊心、人の感情を理解して共感できる力などを指しています。

ごく当たり前の暮らしをともに行うことで、子どもの非認知能力は高められていきます。施設での暮らしは、ある意味で子どもの非認知能力を高めにくい部分もあります。普通の家庭の中で子どもを育てることで、税金を効率的に使うことにつながるのではないでしょうか。そして、彼らが非認知能力の高い成人として成長し、人生が安定することによって、社会的なコストにおけるメリットはさらに高まるのではないかと思います。

出自の告知は一過性のものではない

特別養子縁組では、実親との公的な関係は終了しますが、生物学的な関係は残ります。子どもの権利条約にある「出自を知る権利」を意識し、具体化するための真実告知やライフストーリーワークを実践することも大切です。それを養親さんが自覚して、子どもにきっちりと伝えていく必要があります。

以前にインタビューした男子大学生は、自身が特別養子で、3人のきょうだいが両親の実子、特別養子、里親委託の子どもというユニークな家庭で育ちました。彼は、毎年の年賀状に家族の写真を使っていたら、高校生の時に友達から「弟とあまり似ていないよね」と言われたそうです。いつもは冗談まじりで返していたけど、この友人らには自分の全てを知ってもらいたいという思いが起こり、彼は自分が養子であることを伝えたのです。「肩の荷が降りた」と言う彼は、年齢不相応の重さを背負っていたのだと思います。

彼にあえて、生みの親に対する思いを聞いてきました。すると、「もしどこかで偶然、出会えたらいいなと思う」と答えてくれました。この発言の真意が、本心なのか生みの親への配慮なのかまでは、私には計り知れません。でも彼は、現在の境遇を肯定的にとらえて、他者に対する気づかいのできる人間として着実に成長しています。真実告知というのは一過性のものではなく、永続的に考えていく必要があるのでは、と考えさせられました。

取り組み・活動報告
養親になるための約束と必要なこと

田中病院 母子支援室 佐藤 美穂さん

医療の一環として、必要に応じた縁組を

田中病院は山口県周南市にある産婦人科で、特別養子縁組支援外来を開設しております。2013年9月に「あんしん母と子の産婦人科連絡協議会(あんさん協)」の立ち上げに参加し、現在までに7組の特別養子縁組の成立に関わってきました。

あんさん協は、産婦人科医療施設が連携して特別養子縁組のあっせんを行う団体です。現在は全国で22の施設が参加しています。基本方針の一つが「第一に考慮すべきは子の幸せであり、次に実母の心のケアを大切にする」となります。

そして、養子縁組ありきではなく、必要に応じて養子縁組を行うという考えのもとで、実母や養親からは謝礼や寄付金は受け取らず、医療の一環として縁組を行っています。また、医療と福祉をつなぐ役割を果たし、児童相談所や医師会・産婦人科医会、厚生労働省との連携もはかっております。

協議会に養親登録されるまでの流れ

あんさん協では養親さんに、いつかの約束をしていただいています。協議会の理念と特別養子縁組に対する理解や同意をしてくださった方で、離婚のリスクを考慮して結婚後3年以上の方と設定しています。さらに、子どもを地域の中で育てるという意識を持ってくださる、などのお約束があります。

養親に登録するには、まず児童相談所で里親登録をしていただくことが必要です。そして、書類審査(養親申し込み)、一次面接、家庭訪問、本部面接、本部家庭訪問を経て、申し込みから養親登録されるまでには半年から1年ほどかかります。

書類審査は必要書類が20枚近くあって大変ですけれど、トレーニングの一環として必要なことでもありますので、書いていただいております。家庭訪問では、自宅は子どもの手の届くところに危険なものがないかとか、近隣に車の往来の多い道路はないかとか、養育環境の確認を行います。また、相互の親族の特別養子縁組に対する理解度も確認しています。

登録が完了された養親さんは、赤ちゃんを育てるトレーニングをしながら社会的養護についての理解を深めていただきます。委託を待っている間には、児童養護施設でのボランティアや、養親交流会への参加などをおすすめしています。

子どもを育てることが養親自身のいやしに

自ら育てられない女性が赤ちゃんを委託することを決心しましたら、あんさん協から養親の候補者に養育依頼の連絡をします。養親が決定すると、ご夫婦そろって「教育入院」をしていただき、赤ちゃんを抱っこして家族がスタートするというセレモニーを行います。入院している間は、ミルクの作り方や飲ませ方、もく浴のやり方なども学びます。

赤ちゃんと一緒の家に戻ると、同居が始まります。観察期間の半年間は、赤ちゃんをお預かりしている状態で、籍は実母の方にあります。家庭裁判所の調査を経て、審判が確定しましたら、赤ちゃんは養親の籍に入ることができ、ようやく実子となります。

その後も私たちは、育児不安への対応や家庭訪問、養親さんの交流会などのフォローアップを行っています。特別養子縁組はあくまでも子どもの幸せのためのものですが、私たちが見てきた養親さんは、不妊治療をずっと続けてこられた方が多いです。治療を通して傷ついたり悲しんだりした経験を持たれており、赤ちゃんを養育しながら彼ら自身がいやされることも必要だと感じています。そのためには多くの支援が必要であり、私たちも専門家として今後もサポートしていきたいと考えています。

取り組み・活動報告
思ってくれる人がいることの大切さ

熊本母と子の相談室代表 下園 和子さん

予期せぬ妊娠で悩む女性に支援を

私は助産師として、これまでに熊本市の慈恵病院で「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)の預け入れ者への面談や、福田病院で医療機関初の特別養子縁組などを経験してきました。現在は、母乳や育児を中心とした相談や、病院・児童相談所との連携、里親・里子の支援活動などをしています。

女性にとって妊娠するということは、身体の変化にとどまらず、人生が変わります。子どもを育てるにしても、養子に出すにしても、覚悟が要ることなのです。なかには、産む産まないという以前に、予期せぬ妊娠の事実を受け入れられず、死にたいと悩む方さえいます。

養育についての支援を出産前から行うことが必要と認められた「特定妊婦」の女性は、複雑な背景を抱えていることが多々あります。相手の男性が身勝手や無責任だったというケース、性被害や不倫、貧困など多岐にわたり、不登校を経験して他者と接する機会が少なかったという若年層もしばしば見受けられます。

養子縁組は最後の選択肢

特定妊婦の方々が受ける妊娠葛藤相談では、子どもを自分で育てるか、里親委託や特別養子縁組といったさまざまな選択肢を提示します。何よりもまず相談していただくことで、妊娠中の心身の負担を軽減し、ご家族にも説明することでサポートを得られたり、他機関との連携で経済的な負担が軽減される場合もあります。

ある夫婦は父母ともにいわゆるホームレス、妊娠初期は居住地不明の状態でしたが、自分たちで子どもを育てる選択をしました。当時の彼らはネットカフェで寝泊まりしており、子どもを手放さざるを得ないと考えていました。その生活状況や子どもへの思いを確認して、生活の立て直しのサポートが行われました。病院近くの公園を居住地にして生活保護を申請し、保健師との連携、スタッフが保証人となっての婚姻届提出などの手続きが進むにつれ、妊婦の状態も安定しました。定期的な健診を受け、無事に出産して子どもを育てることができたのです。

養子縁組は妊婦さんの最後の選択肢です。生母や養親、子どもは、新たな悩みを抱えて生きていかねばならないからです。したがって、養育が困難と思われるケースでも、問題を一つ一つ解決すれば、その多くは支援を受けることで育てることができます。実の親が育てられるのなら、それが子どもの一番の幸せではないかと私は思います。

子どもの尊厳を保つために

特別養子縁組の子どもにとって真実告知は、出自を知る権利の保障であり、自尊心を高めます。だから私は、生母には、将来に面会や出自確認を求められる可能性を説明し、彼女自身の生き様が子どもの肯定感を左右することを伝えます。養親には意向を確認し、告知を希望しない場合は無理強いせずに、引き続き支援を行います。

施設を経て特別養子縁組で育ち、ご自身の出自で苦悩されていた女性のケースをお話しします。彼女は30年前に生まれてすぐ、タオル一枚にくるまれて産婦人科の裏口に捨てられていました。私は彼女の出自確認に同行した時、自分の捨てられた場所を彼女が直視できるのだろうかと、あまりにも残酷すぎないかと思っていました。

しかし、産婦人科の院長先生は、里帰りをした娘を迎えるように、彼女を笑顔で歓迎し、当時の思い出話をされました。彼女は、先生方の愛情に喜びを感じ、命を助けてもらったという思いが起こったそうです。実母に対しても、自分を助けるために病院まで連れてきて、母親の思いが感じられたと言うのです。親に捨てられたという絶望感を乗り越えるためには、こんなにも思ってくれている人がいたという痕跡を多く示してあげることが、何よりも大事なのだと私も学びました。

ある日、養子となった女の子から「私を生んだお母さんは、なぜ育てられなかったの」と、涙ながらに問われたことがあります。ゆっくり説明する私の言葉を、幼いなりに理解しようとする彼女の小さくてやわらかい手を握っていると、もっと成長した時に納得できる説明をできるのだろうかと、自問してしまいました。人としての尊厳が保たれるような支援を、それぞれの立場から研さんしなければならないと思っています。

体験談
「親になりたい」よりも
「子どもの幸せ」を一番に

養子縁組当事者 Hさん(女性・50代)

自信のないまま子どもと会う失敗

私は、3歳になる男の子を育てている母親です。私たち夫婦が養子を迎えようと思った経緯や、いざ養子が来た時の心境、不安だったことなどをお話したいと思います。

私たち夫婦は結婚してすぐに妊娠したのですが、期待はつかの間で、流産になってしまいました。その後も流産を繰り返し、不育症と診断されました。不妊治療も受けましたが、それでもうまくいきません。最後に1個残った受精卵を流産した時点で、親になるという希望はなくなったと思ったのです。

その頃の私は、心身ともに疲れ果てて、全てに余裕がなくなっていました。「余力」と私は呼んでいるんですけど、将来に子どもを迎えるには、体力や経済力が要ります。養親になることを考えておられる方は、自分たちに現段階でどれぐらいの余力があるのか、常に意識していただければと思います。

子どもをあきらめた私は、ぼう然と日々を過ごしてました。実はその間に主人が、里親や養子縁組のことを必死に調べていました。里親になるには年齢制限があるから、早くしないといけないと主人に言われ、流されるまま児童相談所の研修に行ったのです。そこで、私たちと同じような境遇でも前向きに取り組んでいる方々に出会い、私も養子縁組を考えるようになりました。

無事に里親登録されると運良く、お子さんを紹介される機会がすぐにやってきました。私はまだ心の準備もできていない状態で、会いに行ってしまいました。こちらがちゅうちょしているのを、子どもは見ていたんでしょうね。その場で断られてしまいました。「人生がかかっているんだから、もっとしっかり考えて」と、その子に言われたような気がしました。

なぜ養親登録できなかったのかを気づく

その後はしばらく、児童相談所から縁談はありませんでした。主人は、私につらい思いをさせて、何とかしたいという気持ちがあったようで、民間のあっせん団体をずっと探していました。「あんしん母と子の産婦人科連絡協議会(あんさん協)」を見つけて、養親登録の面接に2人で行きました。ところが、一次面接で落ちてしまい、「課題図書を読んで、もう一度勉強してきてください」と言われました。

しばらく経って、課題図書の一つで、養子縁組をされた方の体験談を読んだ時、私はやっと気づくことができたのです。特別養子縁組というのは、子どもがほしいとか、親になりたいとかいうのではなく、まずは子どもの幸せが一番大切なんだと。主体はあくまでも子どもです。それに気づいていなかったのだから、面接に落ちたのも当然です。

それからは、迷いがなくなりました。面接で質問にどう答えるかの膨大な資料を主人が作って、受験勉強を頑張りました。これでダメだったら養子はあきらめようと2人で決意して面接に臨み、幸運なことに養親として登録していただきました。

業務連絡ばかりだった夫婦の会話は、「子どもが来たらどうする」という明るい会話に変わりました。それでも、「子どもとの相性が悪かったらどうしよう」とか「保育園で他の若いお母さんとうまくやっていけるのか」とか、考えれば考えるほど、不安もたくさんありました。

養親は子どもとの出会い方が違うだけ

初めて息子と会った時のことは、一生忘れられません。これまでの苦しかったことも吹き飛んで、ただ本当に、この子がかわいらしい。それ以外のことは真っ白になってしまいました。生母さんからの手紙を読んで、会ったこともない私たちに子どもを預ける勇気はどれほどだったかと思うと、今までの不安も一気になくなりました。

特別養子縁組の養親は大変というイメージがありますが、子どもとの出会い方が違うだけで、普通に家族として生活しています。子どもが泣いた、笑った、立った、歩いた、転んだ。悪いことをしたから叱った。当たり前のことですけど、真剣に子育てをしているだけです。子どもは今を全力で生きていますから、毎日が振り回されてヘトヘトです。でも、家の中にはいつも笑い声があって、私たち夫婦は確実に幸せになりました。

今は、この子がどうやって成長したかの記録や写真をたくさん残すようにしています。育児日記も必死で書いていますし、月に1回は、彼にあてた絵はがきを書いています。大きくなった時にそれを読んで「こんな風に育ててくれたんだ。私たち夫婦の子どもで良かったな」と思ってもらえたらうれしいですね。

養親になりたいけど勇気がないという方も、おられるかもしれません。養親を考えている方はおそらく、多くの苦労をしてこられたので、少々のことは苦にならないはずです。それが、養親の強いところなのではないでしょうか。ぜひ、もう一歩前に踏み出していただければと思います。

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