INTERVIEW数学や計算機科学に新しい見方をつくった
ゲーデルの不完全性定理
数学の命題といえば、正しい(真)か間違っている(偽)かの二択であると思っておられる方が多いでしょう。20世紀初頭を代表する数学者ヒルベルトもそう考えました。そして、彼はあらゆる命題の真偽を自動的に判定する方法を見つけなさいと若い数学者たちに呼びかけました。対して、ゲーデルはいま知られているような公理論的方法では白黒判定できないグレーゾーンが必ず生じることを示し、さらにチューリングはどんな計算方法でもグレーゾーンが消せないことを示したのです。しかし、グレーゾーンはいくらでも狭めることができ、そうして発生する濃淡で、数理科学に新しい尺度がもたらされました。それまでの尺度は、あるモノを基準にして別のモノを測るようなものでしたが、新しい尺度は認識者の属性や資源に基づきます。例えば、計算に要する時間や記憶容量の大きさで問題を分類する「計算の複雑さの理論」、集合の存在公理の強弱によって数学の定理を分類する「逆数学」などが生まれました。
第一不完全性定理を学ぶ意義と楽しさ
不完全性定理は、現代数学の中でもかなり特殊な定理といえるでしょう。この定理を理解するためには、定理を理解しようとする自分も理解しないといけないのです。そのため大切なのは、とくに自然数に関する数学的記述の世界(算術)と、算術について考える自分(メタ数学)の違いをまず明確にすることです。たとえば、「𝑥 は偶数である」というのと、「𝑥 は変数である」というのでは、議論のレイヤーが異なるのがわかりますか? 「(自然数)𝑥 は偶数である」は「𝑥 =y +y となるy が存在する」のように数学的に言い換えられますが、「𝑥 は変数である」は言い換えようのないメタ数学の主張です。不完全性定理を学ぶと、自分が数学の基礎について意外に知らないことがわかり、またそれを知ることが面白いと思うようになるでしょう。そして、さらに先に進むと、算術の中に映される自分を観察して、自分にできること、できないことがわかってきます。ここまで来ると、決定論的数学を超えた、不完全性の新境地が拓かれるのです。
第二不完全性定理は超難関
第一不完全性定理は算術の中に映される自分(メタ数学)を観察することで導かれましたが、第二不完全性定理では自分を観察する自分をさらに観察することによって導くことになります。つまり、自分が二重に現れ、その間の相似性が鍵になるのです。これにより第一定理の形式化を体系内で実行できて、それから自らの無矛盾性を証明できないという第二定理が得られます。ヒルベルトとベルナイスの原証明については拙著『数学基礎論序説』で説明しています。また、それとは異なるモデル論的証明の概略をこの特設ページに掲載していますのでご覧ください。

監修:東北大学 名誉教授
田中 一之氏
東京工業大学理学部卒。カリフォルニア大学バークレー校数学科Ph.D.。東北大学大学院理学研究科名誉教授。専門は数学基礎論。不完全性定理、逆数学、計算理論などに関する多数の原書論文がある。主な著書に『ゲーデルに挑む』(東京大学出版会)、『チューリングと超パズル』(東京大学出版会)、『山の上のロジック学園』(日本評論社)、『数学基礎論序説』(裳華房)。訳書に『ゲーデルの定理』(みすず書房)、監訳に『逆数学』(森北出版)。