ネクストリボン がんとの共生社会を目指して

2019年2月4日 開催

トークイベント 「がんについて語ろう
~がんとともに生きる、寄り添う~」

リレー対談② がんがつないでくれた縁

濱松 誠 氏(ONE JAPAN 共同発起人・代表)/ 向井 亜紀 氏(タレント)

向井 濱松さんの奥様は、がん患者や家族のための相談所「マギーズ東京」を運営している鈴木美穂さんです。奥様とはいつ出会われたのですか。

濱松 妻は24歳の時に乳がんの手術を受けました。僕たちが出会ったのはその8年後です。僕は当時パナソニックで働きながら若手を中心とした社内活性化のための活動をしており、日本テレビで働きながら「マギーズ東京」の活動に取り組んでいた彼女に出会い、「すごいことをやっているなぁ」と話を聞かせてもらううちに惹かれていきました。

向井 闘病中の方や闘病経験者の方との関係を築いていくなかで、「この人に近づきたいけれど、何をどう言えばいいんだろう」と悩まれている方が多いと思います。濱松さんはどのように美穂さんとの関係を築いていかれたのでしょうか。

濱松 何かのヒントになればいいなと思うのでお話しますが、母は僕が2歳の時に離婚し、1人で3人の息子を育ててくれました。母子家庭で育ったことと病気は、比べるようなことではないのですが、何か抱えているものがあるという点では共通していると思うんです。妻は僕とつきあうことになる時に切除した乳房のことを気にしていました。「私でいいの?」と言われた時に、「僕にも抱えているものはある。お互いを受け入れて支え合おう」と伝えました。

向井 確かに、誰もが何かを抱えています。患者のご家族や友人の方の中には「距離を縮められず、孤独感を感じさせてしまっているのでは」と悩む方も多いようですが、濱松さんの考え方は参考になります。

濱松 僕は許容と突っ込みのバランスを大事にしています。実際、当事者の方と話していると「もっと近づいて来てほしい」と思っている方が多いんです。

向井 結婚を決意されたきっかけは。

濱松 つきあって3、4カ月の時に「左胸にもしこりがある」と言われた時に、「行きたくない」という妻を「何があってもそばにいるから」と必死に説得して一緒に主治医のところに行きました。その時に「この人を失いたくない。生きてくれさえすればいい」という自分の中の強い気持ちに気づき、結婚を決めました。

向井 今後の目標や夢は。

濱松 がんになって10年を機にふたりで長年勤めてきた会社を退職し、彼女の夢だった世界一周に行ってきます。勇気がいりましたが、せっかく妻に人生観を変えてもらったのだから後悔のない人生を歩もう、と。「お金がなくなっても一畳一間あれば大丈夫」と言い合っています。

向井 大きな決断ですね。

濱松 観光だけではなく、僕たちの新たな目標でもある、病気や孤独、暴力に苦しむ人のための居場所づくりのヒントを世界中から集めてこようと考えています。

向井 今日は素敵なお話を聞き、込み上げてくるものがありました。本当にありがとうございました。

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