ネクストリボン がんとの共生社会を目指して

2020年2月4日 開催

トーク&ライブ 「がんについて語ろう
~がんとともに生きる、寄り添う~」

「食べることは生きること。夫・アキオが教えてくれたこと」

クリコ(保森千枝)氏(介護食アドバイザー)

30年ほど前、出版社の記者だった夫と結婚し、自宅で料理教室を開きました。私たちはお互いを、アキオ、クリコと呼び合う仲良し夫婦。何でも応援してくれる夫と、どちらかが欠けたら生きていけないと思うほどゆるぎない信頼関係を築きながら、穏やかに、支え合って生きてきました。

2010年春、アキオが53歳の時に肺がんが見つかりました。彼は、自分の仕事は天職だと言い、仕事の話といったら楽しいエピソードばかりで、愚痴を聞いたことがありません。闘病後、そんな大好きな職場に無事復帰しましたが、今度は2011年秋に、口腔底がんを患いました。私が介護食を作るきっかけとなった病気です。8時間に及ぶ大きな手術の後に下の歯で残ったのが奥歯1本だけ。食べ物を噛む力を失い、体重は7キロも落ちてしまいました。流動状の病院食は見た目にも食欲がわかず、一時間半かけて半分食べきれない状態。夫の顔から笑顔が消えてしまいました。この時、体力の回復を待って、早期の食道がんの内視鏡手術をすることになっており、少しでも進行したら治療の手段がないと言われ切羽詰まった状況。退院後に私がつくる食事に夫の命がかかっていました。当時、介護食に関する情報はほとんどなく、参考になるレシピ本も頼れる相談窓口も見つかりません。

ある日事件は起きました。夫がおかゆの水分を減らしてほしいと言うのです。一日中キッチンにこもり、ストレスでいっぱいだった私は、お水の量くらいでわがままを言うの?昨日は食べられたじゃない!と大声で怒鳴ってしまいました。「ごめんね、傷の腫れが引いて、口の中の形が毎日変わるみたいなんだ。昨日は食べられたけど、今日はうまく食べられない」。口の中の形が変わるという思いもよらない一言に、大きな衝撃を受けました。夫の失ったものや苦しみの大きさ、口の中の状態など、何も想像できていなかった。

この事件をきっかけに、私の介護食への取り組みが変わりました。加熱しても硬くならない素材を考案。棒々鶏、とんかつ、エビフライ、ホタテのソテーなど、一見すると普通の料理に見えて、あごでつぶせる柔らかさの、見た目に食欲のわくおいしい介護食づくりを、いつしか心から楽しんでいました。「おいしいから、自然に食べる量が増えるよ。クリコは本当に天才だね」。

手術に間に合い、彼は再び愛する職場に復帰しました。確かな回復を実感していましたが、肺がんの再発で余命4ヵ月と宣告されました。「僕の人生は圧倒的に幸せだった」。亡くなる少し前のこの言葉が私の支えです。少しずつ体重が増えるたび、ハイタッチをして喜び合い、一度は失った笑顔や健康を取り戻していく夫の姿に、おいしくごはんを食べるということは心と体をはぐくむということ、食べるということは生きることそのものだ、と実感し学びました。夫のために作った料理のレシピは、彼が私に遺してくれた財産です。みなさまにも、このレシピをお役立ていただけるよう、これからも介護食アドバイザーとして活動を続けてまいりたいと思います。

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