ネクストリボン がんとの共生社会を目指して

2020年2月4日 開催

トーク&ライブ 「がんについて語ろう
~がんとともに生きる、寄り添う~」

「がんが教えてくれた、自分らしい生き方」

木山 裕策 氏(歌手)

36歳の時、会社の人間ドッグで甲状腺がんがみつかりました。手術でのどを切るため、声が出なくなるかもしれないと言われたことを機に、歌手になる夢を持ちました。当時、僕は会社で管理職になったばかり。それまで、大好きな制作の仕事をしていたので、管理職には興味がなく、100人もの部下を抱え、どうしたらいいのかもわからず、まったくうまくいきませんでした。嫌われたくない、傷つけたくないと、相手に本音がうまく言えず、精神的に参っていた頃、がんが見つかったのです。

さらに大きな課題を抱えてしまいました。一ヵ月もの入院を前に、この部署についてのすべての責任は自分にある、いない間に備えなくてはと、入院前夜は午前3時半までかけて、関係各所にこまかくメールで指示を出しました。術後は傷が痛み、甲状腺をとったのでホルモンバランスが崩れ、自分のことで精一杯でした。何かあったらすぐに連絡をくれと伝えてあったので、入院中に電話やメールが殺到するものと思っていたのに、2週間経っても、復帰当日になっても何も連絡がないのです。きっと大変なことになっているに違いない、と会社に向かうと、まずは会議室で快気祝い。いくら聞いても、みんな口をそろえて何も問題はなかったと言います。何事もなかったかのようにその日からまた日常が戻ってきたのですが、どうしても入院中のことが気になり、隣の課長に聞きに行きました。

すると、「言わないでおこうと思っていたが、毎日トラブルが起こって大変だった」というのです。「いつでも力を貸すよ」と声をかけても、木山さんがいない間は僕たちで現場を守ります、と自分たちで問題を解決していたとも。勘違いしていた自分のおこがましさを反省しました。僕は病気を通して、考え方を変え、問題を一人で抱え込まず、困っていることを人に相談し、素直な気持ちを相手に伝えるようになりました。そうすると相手も気持ちを話してくれる。この関係が大切だと学びました。

家族に対しても同じです。もともと妻は、いつも明るく接してくれていましたが、僕が家族に悩みを相談するようになると、子供たちも彼らなりに考えていたり、自分の悩みも打ち明けてくれたりして、意思疎通ができるようになりました。がんになったことを、「良かった」だなんて思えません。ただ、人とのコミュニケーションの取り方について、大きく考え方が変わるきっかけになりました。

今、ふたりに一人ががんになる時代です。僕がたくさんの人に助けられてきたように、僕も誰かを助けたい。がんになった人を、そうではない人が支える仕組みが自然とできてくれば、もっと世の中は生きやすくなるのではないでしょうか。少しでも世の中に笑顔が増えますように。

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