ネクストリボン がんとの共生社会を目指して

2020年2月4日 開催

トーク&ライブ 「がんについて語ろう
~がんとともに生きる、寄り添う~」

「がん体験は命の勲章~先の不安より、今を謳歌したい~」

宮本 亞門 氏(演出家)

あるテレビ番組に出演し、軽い気持ちで受けた人間ドッグがきっかけで前立腺がんと診断されました。影があるとわかってからの診察や検査は、寝かされようが足を広げられようが常にテレビカメラが横にいます。もう笑い飛ばすしかありませんでしたが、僕はすべてしっかり見ていました。亡くなった母から、舞台をやりたいのなら、人間を知るために「全部見なさい」と言われていた僕は、どんなに辛いことも苦しいこともすべて目の中に焼き付けてきました。事故や事件に遭遇した時も、母のお葬式でさえ、「目をつむるな!」と、ぐっと目を見開いて、涙を流さずしっかり見てきました。

だから今回も同じです。転移の有無がわかるまでの1週間は、さまざまな治療方法を調べては悩み、同時に、ずっと舞台の稽古をしていました。一人になると暗く考え込んでしまって辛いので、少しでも時間が空かないように、常に忙しくしていました。孤独感で、巨大な宇宙に一人で浮いている夢も見ました。セカンドオピニオンでほかの術式についても検討しましたが、当時の病状や、今後のこと、時間をかけず治療を終わらせたいことから、ダヴィンチを使った術式での全摘を選択しました。僕は舞台の演出家ですが、もともと人前で話すことが苦手な引きこもりです。何回自殺を考えたかわかりません。その頃の自分には戻りたくない気持ちが大きいからでしょうか、術後は病室にどんどん友人を呼んでは、明るく楽しくにぎやかに入院生活を過ごしました。

先日、退院後初めて一日だけお休みをとりましたが、入院中から病室で仕事の打ち合わせをし、退院したその日から飛行機に乗り、ノンストップで今日まできました。「少し忙しすぎだ」と医者に言われましたが、こうして動けるのも、今、生きているからだなぁと思います。現在手がけている舞台の主人公は、何の夢もなくただハンコを押すだけの役場の職員。胃がんを宣告され、死に向かう絶望の中、あるきっかけで小さな公園を作ることになり、生まれ変わったように尽力していきます。

僕の母は僕が21歳の時突然亡くなりました。「死ぬ瞬間まで生きたい」と、病気をしながらずっと喫茶店で働いていましたが、僕の舞台初日の朝、洗濯を手伝いに来ていた僕の下宿の風呂場で死んでいました。人はいつでも死にます。でも、今生きています。生きているなら何かしましょう!花をいかすでも、人をちょっと心配するでもいい。何かできるじゃないですか。がんサバイバーの皆さん、痛いです、苦しいです、辛いと思います。孤独です。でも、その先にまだ何か感じられることがあるなら、最後の瞬間まで、最高の人生を送りましょう。

レポートメニュー