ネクストリボン がんとの共生社会を目指して

がんと仕事 両立どう支援

ネクストリボンは、がんとの共生社会を目指して朝日新聞社と日本対がん協会が取り組んでいるプロジェクトです。なかでも重要な、がん治療と仕事の両立支援のあり方について、がんと闘う部下、対応を迫られた元上司のインタビューなどを通じて考えます。

(取材・渡辺鮎美、永井美帆 写真・石渡伸治)

社内外からの応援 気持ちが楽に

大手広告会社の電通に勤める御園生泰明さん(42)は2015年10月、肺腺がんステージ3Bの告知を受けました(その後ステージ4と診断)。現在は薬物療法による治療を受けながら仕事を続けていますが、治療と仕事の両立には、周囲の理解と支援が不可欠だったといいます。御園生さんと、当時の上司・月村寛之さんに、1月23日に話を聞きました。

(聞き手=朝日新聞社メディアラボ・中西知子)

御園生 泰明

御園生 泰明

みそのう・やすあき 1977年生まれ。電通でビジネスプロデューサーを務める。15年、ステージ3Bの肺腺がんと告知を受ける(後にステージ4)。現在は治療を受けながら仕事を続け、がんになってもいきいきと暮らせる社会作りを目指した活動「LAVENDER RING(ラベンダーリング)」にも取り組む。

月村 寛之

月村 寛之

つきむら・ひろゆき 1968年生まれ。電通CDCチーフプロデューサー。電通入社後、クリエーティブ担当営業やプロデュース業を経験し現職。「LAVENDER RING」にも発足当初から参加する。

――がんの告知を受けてどう思いましたか。

御園生 当時私が持っていたイメージは、やはり「がん=死」でした。仕事に関しては、会社にどう伝えるべきか、職場環境が大きく変化してしまうのでは、といった考えも浮かびました。

月村 彼は告知を受けたその日に病院から直接電話をくれました。見た目は元気そうだし、仕事も人一倍していたので、まさかと思いました。

 

「共闘」ステッカー

――月村さんは、職場のみんなにオープンにしようと提案しました。

月村 彼が体力的に可能で、自身も働きたいと希望するなら、それができる環境を作ろうと考えました。

御園生 ただ、周囲に伝えることには迷いもありました。病気の自分は、足を引っ張る存在になってしまうかもしれないと感じていたし、同僚の反応も気になりました。

月村 チームのメンバーには、御園生さんと一緒にがんと闘おう、そのためにも段階によって必要なサポートをみんなで取り組んでいこう、とメールで伝え賛同を得ました。と同時に、彼へのサポートはチームにとっての財産になる、(御園生さんの)病気についての問い合わせはすべて月村に、臆測で語るのだけはやめて、といったことも書きました。

御園生 事前に「この内容で送ろうと思う」と相談を受けました。「御園生を助けることでチームのメンバーのレベルが上がる。だから御園生は仕事を続けつつ、安心して治療に取り組んでいい」。そんな言い方をしてくれて、とてもありがたかったです。

月村 病気に限らず色々なバックグラウンドを持つ人がいて、自分のことを話しやすい環境があり、縦方向だけでなく横や斜めの関係が存在する、コミュニティーのような組織が理想だと思っていました。もともと同じフロアで働く100人くらいで、趣味やイベントをシェアするSNSのコミュニティーを作り、運営していたので、話しやすい風土がすでにあったかもしれません。

――メールだけでなく、御園生さんを応援するオリジナルステッカーを作ったそうですね。

月村 彼の写真に「FIGHT TOGETHER(一緒に闘おう)」とキャッチコピーを添えたステッカーを作って配りました。同僚たちの中にも、色々な関わり方をしている人がいます。みんなが直接声に出さなくても、応援の意思が示せると思ったからです。貼るだけでこの活動に参加していると表明できますし、会話も進みます。

趣味でスノーボードをやるのですが、ボードやヘルメットにステッカーを貼る人が多いんです。それが発想の源になりました。着ているウェアや買った店、スキー場のロゴなどですが、その人の体験や考えをさりげなく主張することができます。コミュニケーションのきっかけとしても使いやすいのではと考えました。

御園生 気づいたら社外の人にまで広がっていて驚きました。様々な人に応援してもらっていると感じ、気持ちがとても楽になりました。

柔軟な働き方 活用

――治療と仕事が両立できた要因は他にありますか。

御園生 柔軟な働き方が選べる会社の制度と、デジタルツールの発達のおかげだと思います。私は現在、会社のフレックスタイム制度を利用して、ラッシュの時間帯を避けて出勤しています。治療中に病院で書類を作ったり、体調によって出社せず、自宅や病院から電話、メールでやり取りをして仕事を進めたりもします。10年前なら難しかったかもしれません。

本人の望む支援 対話から見える

月村 決して彼が特別なのではなく、他にも在宅勤務をする人はいます。環境や状況は会社によっても異なるので、答えは一つではありません。周囲は、本人がどんなサポートを望んでいるのか、何ができて何が難しいのかを知りたいでしょうが、本人は話したくない部分だってあるはず。ただ、一人で抱え込むのではなく、対話をすることで進む方向はきっと見えてきます。その環境を皆でどうやって作っていくかが大切です。

御園生 私も、必ずしもすべての人が病気をオープンにすべきだとは思いません。ただ「会社に言う」という選択肢や、話しやすい環境があることは、大きな安心感につながります。また、月村さんは周囲を巻き込むかたちで今の環境を整えてくれたし、幸いなことに、同僚たちもそれに乗ってくれた。決して上司との一対一の関係だけでは成立しなかったでしょう。

月村 私は自分を「牧場の管理人」のような存在だと思っています。厳格に管理をするのではなく、柵を整えたり、井戸を直したりするように、チームのメンバーがより働きやすい環境を作ることが大事だと。だから部下たちに向けては「御園生さんをサポートしよう」だけでなく、サポートする側も成長できる、というメッセージを発信しました。

――お二人は、がん闘病経験者のいきいきとした表情をポスターなどで発信する「ラベンダーリング」の活動にも取り組んでいます。

御園生 元フットサル日本代表の久光重貴選手が自分と同じ肺腺がんで、治療を受けながらプレーを続ける姿に励まされたことがきっかけでした。自分が培ってきた広告のノウハウやスキルを使って、自分が今までやってこなかった社会への還元をしよう、と。がんになったことの意味を見いだしたかったのだと思います。

月村 私は御園生さんと接する中で、がん患者さんの離職問題や周囲から向けられる偏見など、様々な社会問題を知りました。治療と仕事を両立できる職場を作るためには、上司一人ではなく、周囲のみんなの力が必要。まず人の持つ先入観を取り除いていきたいと思いました。

御園生 月村さんや、賛同してくれた仲間の協力で、当初想定していた以上に大きく広がりました。実は、なぜそこまでやってくれるのかな、と不思議に思うこともあります。

月村 それは言わば「御園生力」のようなものだと思いますよ。御園生さんを含め、がん闘病経験者のみなさんの多くが、一度自分にとって大切なものは何か、ということと真剣に向き合い、そこから様々な活動に取り組んでいます。彼らの姿に感銘を受ける人は多いと思います。

ラベンダーリングに集うみなさんとの出会いが、人生を別の角度で考えるきっかけになっているのも事実です。御園生さんは、自身がサポートを受ける側と感じているかもしれないけれど、私たちサポートする側にも得るものがたくさんある。関わっている人たちも、そう感じている人は多いはずです。

――管理職の方々へのアドバイスはありますか。

御園生 私が月村さんの立場だったら、部下に対してこうは振る舞えなかったな、と思います。がんを知り、様々な情報に触れるなど、日頃から準備をしておく必要があります。

月村 同僚や部下は、家族や友達とは少し異なる関係性です。そんな人ががんになった時、自分はどう行動するべきか。逆に自分ががんになったら相手にはどう接して欲しいのか。考える機会を持つといいと思います。

今や「治る病気」学んで備えて

治療と就労の両立を考える時、患者と職場にどのような意識が必要となるのでしょうか。がん研有明病院(東京)の大野真司副院長・乳腺センター長に聞きました。

大野 真司

おおの・しんじ がん研有明病院副院長・乳腺センター長 1958年、福岡県生まれ。84年、九州大学医学部卒業。米テキサス大学研究員、九州大学医学部付属病院助手、講師などを経て、2000年、九州がんセンター乳腺科部長に。以降、同センター臨床腫瘍研究部長、臨床研究センター長を歴任し、15年、がん研有明病院(東京)乳腺センター長、2018年、同院副院長に就任。乳がんの早期発見と治療を推進するピンクリボン活動、がんになっても患者や家族がより良い社会生活を送れるようにする「サバイバーシップ支援」などにも積極的。

現在、生涯で国民の2人に1人ががんになっています。国立がん研究センターがん対策情報センターの統計によると、2016年に診断を受けたがん患者の26%が20~64歳の就労世代です。以前はがんと診断されると、治療に専念するため、あるいは「会社に迷惑をかけられない」と仕事を辞めてしまう人が大半でした。今は治療薬の進歩と行政支援などもあり、治療しながら働いているがん患者が大勢います。

国立がん研究センターの高橋都さんが2015年に実施した調査によると、およそ4割の人が治療開始前に離職してしまうそうです。しかし、就労世代の患者さんが増えていることもあり、治療と就労の両立が重要なテーマとなってきました。同年に厚生労働省が発表した「がん対策加速化プラン」でも就労支援について示されるなど、国をあげて対策に動き出しています。

いまだにがんと聞くと「治らない」とか「死」をイメージしてしまう人が多くいると思います。当院の相談窓口「がん相談支援センター」の担当者に聞いたところ、病気や治療についての相談はあっても、仕事のことを聞いてくる患者さんはとても少ないそうです。気が動転して、仕事まで意識が向かないのか、はたまた「続けられるわけがない」と諦めているのか。しかし、初めてがんと診断された場合、7割の人が治ります。乳がんに限っては9割です。再発の場合はもっと厳しくなりますが、今ではがんは「治る病気」なのです。

治療実績が向上した背景には、治療薬の進歩があります。これまでのがん治療は手術がメインで、「入院して手術を受け、回復したら仕事に戻る」というのが一般的でした。しかし、最近では手術に加え、放射線治療や化学療法、ホルモン療法、分子標的療法などの薬物治療を受けることが増えています。ホルモン療法などは数週間~数カ月に1回、外来で受けられるかわりに、5年、10年と長期にわたって続ける必要があります。

薬物治療は費用も高額で、高額医療費の払い戻し制度を使っても月4万~8万円ほどかかる場合があり、これが何年も続くとなると相当な負担ですよね。そうなると、経済的な理由から「仕事を続けざるを得ない」のも実情です。ほかにも、仕事を続けるメリットはあります。患者さんの中には適応障害からうつ病になる人が度々見られますが、仕事をすることで気が紛れ、うつ病の発症が妨げられます。肉体的にも、適度に体を動かことは薬物療法による副作用の軽減につながります。何より、仕事を通じて「世の中の役に立っている」と実感することは、生きる活力になります。だから私は、患者さんの話をよく聞いた上で、「仕事は続けた方がいい」とお話ししています。

「働く」と言っても、大企業から中小企業、自営業まで、さまざまな職場があり、支援制度や周りの人たちの理解度が異なります。大企業は比較的働きやすい環境が整っていますが、中小企業、ましてや「自分が倒れたら、収入が途絶える」といった自営業の場合、まだまだ課題は多いです。しかし、仕事を続ける手立てはあります。個別の事情に合わせた対応をするため、まずは主治医やがん相談支援センターなどの医療者としっかり話し合ってください。2018年には治療と仕事の両立支援に関する診療報酬が新設され、私たち病院側が業務の一環として患者さんの話を聞き、情報を提供できるようになりました。ですから、患者さんも気になることをどんどん質問してください。「困ってからのケア」では遅いのです。きちんと話し合って、「困らないようにするためのケア」をしていきましょう。

いざ治療を受けながら働くことになった場合、一人ひとり、病状や進行具合、気をつけることが違います。例えば、乳がんの手術でリンパ節を切除した人は手が腫れてしまうので、あまり重いものを持つことができません。すると、食事の配膳係や保育士さんなど、日常的に重いものを持つ仕事の人は困りますよね。そうなった時、職場側は、「どれくらいの重さなら持てるか」「ほかの業務に替われるのか」など、個々の事情に合わせて対応していくことが求められます。そのためには、がんの治療医と産業医が連携することも必要です。そして、周りの人は患者さんを腫れ物扱いすることなく、積極的に声をかけ、困っていたら手を貸してあげてください。

2人に1人ががんになる時代です。今は大丈夫でも、いつか自分や職場の同僚ががんになり、治療しながら働く日が来るかもしれません。いざという時のため、すべての人が今からがんについて正しく学び、備えてください。一人ひとりがそんな意識を持つことで、がんになっても安心して働くことができる社会になると思っています。

東京都アンケート

東京都福祉保健局は2013~14年、「がん患者の就労等に関する実態調査」を実施した。都内のがん診療連携拠点病院などを受診していた患者に調査表を配布し、郵送で回収。1900人のうち831人(43.7%)から回答が得られた。

その結果、今後の就労意向について、「仕事を続けたい(したい)」が669人(80.5%)。理由を複数回答で求めたところ、「家庭の生計を維持するため」(72.5%)、「働くことが自身の生きがいであるため」(57.4%)、「がんの治療代を賄うため」(44.5%)などの順で多く、経済的な事情だけでなく、就労が精神的な支えになっていることが分かった。

治療と就労を両立するうえでの課題を複数回答で尋ねると、「治療費が高い、必要な治療費の見通しが立たない」(34.5%)や「働き方を変えたり休職したりして収入が減少する」(29.7%)との回答が目立った。

「体調や治療の状況に応じた柔軟な勤務ができない」(24.9%)、「体調や症状・障害に応じた仕事内容の調整ができない」(24.9%)などの回答がこれに続き、職場で柔軟な対応をとってもらいにくいという課題が浮かび上がった。「治療しながら仕事することで人事評価が下がる」(14.7%)、「職場内に相談相手がいない」(13.7%)などの悩みがあることも分かった。

部下のがんに対応 管理職向け研修

部下に突然、「がんになりました」と言われたら、上司はどう対応すべきか。

ネクストリボンプロジェクトを立ち上げて4年。がん経験者や企業の人事・労務担当者から「上司の一言で働き続けられるかどうかが決まる」「がんについての管理職のリテラシーでその後に差が出る」との悩みを何度も耳にしてきました。

がん患者にとって職場でのコミュニケーションは大きな課題で、また、上司の立場でも「がん」への知識、理解がないと、どう対処すればよいのか戸惑う人も多いのではないでしょうか。

朝日新聞社は、日本対がん協会とがんのピアサポーター(※)の要素を採り入れた管理職向けの研修プログラムを開発しました。がんについて学び、部下ががんになった場合、どう対応していけばいいかを考えるプログラムです。

当社内で昨年11月に先行開催し、実際に対応に直面している管理職や、部下の平均年齢の上昇に伴い問題意識を高めている層が参加しました。前出のがん研有明病院の大野真司副院長(乳腺センター長)は研修で「がんは『治る』『治らない』の二者択一ではない。がんを知ろう」と題し、がんが再発した患者をテーマにクイズ形式で課題と対策を説明。電通の御園生泰明さんは、肺がんステージ4で仕事と治療を両立している自身の経験、上司による支援の様子を紹介しました。

日本対がん協会がファシリテーター役を担ったワークショップでは、部下ががんと診断された際の上司の対応をめぐり活発に議論。無意識の偏見を理解して多様性の大切さを学ぶ講座もあわせて実施しました。

参加者からは「所属長として仲間ががん告知を受けたとき、また自分ががん告知をされたとき、などを想像し、具体的シミュレーションができた」といった声が集まりました。研修内容は企業のご要望に合わせてアレンジ可能です。

※がんのピアサポーター:がんを体験した人やその家族が「体験を共有し、ともに考える」ことで、がん患者やその家族のピア(仲間)としてサポートを行う人のことです。

お問い合わせ

ネクストリボンプロジェクト事務局:nextribbon@asahi.com