ウェルビーイング研究の第一人者が説く「幸せに気をつける」生き方
さまざまな分野の有識者や著名人に、「あなたにとってのウェルビーイングとは?」を尋ねるリレー企画です。初回にお話をうかがったのは、ウェルビーイング学会で代表理事を務める前野隆司・慶応義塾大教授。「幸福学」を専門とする前野教授は、自身をどうウェルビーイングな状態に保っているのでしょうか。
健康・幸せ・福祉すべてを包含
――そもそも、ウェルビーイングとは何でしょうか。
ウェルビーイングとは、健康・幸せ・福祉、要するに体と心と社会の良い状態のことだと考えています。1946年に採択されたWHO(世界保健機関)の憲章では、健康の定義の中で「健康とは身体的・精神的・社会的に完全に良好な状態である」(Health is a state of complete physical, mental and social well-being)と述べられています。
いろんな人がいろんな説明の仕方をしていて、「あいまいでわかりにくい」と言われることもありますが、僕はwell-being=良い状態という文字どおり、「健康も幸せも福祉もすべてを包み込む概念」だと言っています。
幸せの4因子とは
――先生は「幸せの四つの因子」という研究を紹介しています。
心理学にもとづき、個人の主観的な考え方を聞いた結果を分析すると、「やってみよう」「ありがとう」「なんとかなる」「ありのままに」という四つの因子が求められました。統計学的に考えて、この四つの因子を満たすと幸せになれる可能性が高いということです。
一つ目の「やってみよう」とは、やりがいや主体性、強みを持っていることです。反対は「やらされ感」、あるいは「やりたくない」とか「やる気がない」という場合で、そうなると幸福度が低くなります。
二つ目の「ありがとう」は、感謝だけでなく、人とのつながりや信頼関係、利他性といった人間関係をよくする心のありようを示しています。
三つ目の「なんとかなる」は、前向きで楽観的でチャレンジ精神旺盛であるということです。自己受容ができている、つまり「自分の良いところも悪いところも好き」という人は、前向きで楽観的になりやすいことがわかっています。自分を好きになって、自分のことも世の中のこともポジティブにとらえられると、幸せになれるということです。
最後は「ありのままに」。他人と自分を比べすぎる人は幸せではない、ということがわかっています。他人と比べすぎず、「自分は自分、他人は他人」と自分の軸をはっきり持って、自分の個性を磨いて生きていく人が幸せだというのが四つ目です。
これら4因子を満たしている人が幸せになり、一方でどれかが足りないと幸福度が下がってしまうというのが、私の「幸福学」の研究結果です。
――現代日本の状況をどうみていますか。
戦後、モノがない時代に一丸となって経済成長を成し遂げたころと比べて、明らかにいまの日本のほうが物質的にも豊かで、安全で健康で長寿なので幸せなはずなのに、幸福度が高くない。豊かになった次の、「これだ」という目標が見つからない苦しさがあるのかもしれません。もっと日本人がリラックスして創造性を発揮し、ポジティブで元気なものが出てくるといいですよね。
コロナ禍でも、統計データを見ると人々の幸福度は意外と変わっていません。ただ、オンラインで遠隔地の人や有名人とどんどんつながって人脈を増やしたという人もいれば、人と会う機会が減って孤独感を感じているという人もいて、平均値は変わらないけれど、幸せになった人と不幸せになった人が二極化しているようです。ですから、一部では課題が高まっていると言えます。
笑顔や姿勢でウェルビーイングに近づける
――現役世代は仕事や家庭のことに追われて悩みを抱えがちですが、ウェルビーイングになるためにどんなことができるでしょうか。
大事なのはやりがいとつながりです。お金のために何となく働くのではなく、「自分はこれがおもしろい」と思えることを、仕事でも私生活でもいいから、一つだけでなく三つとか五つとか、欲張って見つけてみてはいかがでしょうか。
現代人はゲームやインターネットの閲覧など、受動的なことにたくさんの時間を費やしていますよね。本当は自分から主体的に行動したり、YouTubeやTikTokで発信したりする人のほうが幸せなんですよ。多くの人が「見る側」に回ってしまっているのはもったいないと思います。
もっと簡単にできるのは、笑顔になることです。口角を上げる、冗談を言う。誰かがくだらないことを言ったら大笑いし、ちょっとしたことでも大げさに喜ぶ。そうやって、無理にでも元気な感じを出すと実際に元気になる、ということが研究でわかっています。姿勢をよくするのもおすすめです。歩くときに肩を落とすのではなく胸を張る。そうすると、脳が「自分は元気なんだ」ってだまされるんです。
――自分で動くのが大事ということですね。
よく「何かいいことないかなぁ」と言う人がいますが、幸せがやってくるのを待っているのではなく、自分発で行動することですよ。家でゴロゴロしているか、外で人と会うかを悩んだら、面倒がらずに人と会うのを選んだほうがいいですね。
ロボット研究から幸せの研究に
――ところで、先生ご自身がウェルビーイングの研究を始めた経緯を教えてください。
もともと「笑うロボット」の研究をしていたのですが、そのうちに「笑うロボットより人がちゃんと笑う社会をつくるほうが先だな」と思って、ロボットの研究から幸せの研究に転じました。といっても、それまでの研究も「ロボットと接する人はどう感じ、どうあるべきか」をテーマにしていたので、人間がいかに生きるかを心理学や工学を使って探っている、という点では変わりません。
――先生ご自身は常にウェルビーイングな状態を維持しているのでしょうか。それとも、そうでないときもあるのでしょうか。
10点満点でいうと、ほぼずっと「9点ぐらい」を維持しているような感じがしますね。61歳にもなると、おいしいものも食べたし、世界にも行ったし、家もあるし、ほしいものはない。「人と自分を比べて悔しい」「負けた」「足りない」みたいな気持ちもありません。そうすると、きれいごとに聞こえるかもしれないけど、世の中の役に立ち、みんなに喜んでもらえるのがうれしいんですよ。
多くの人は、本当はもう満ち足りているのに、足りないと感じているだけではないでしょうか。僕は幸せの研究をしていて、それに気づけたということです。
高い幸福度を維持する心がけは
――「9点ぐらい」をキープするために、どんなことを心がけていますか。
やっぱり人とけんかしたり、人に悪く言われたりすると、心の中の点数は下がります。だからそういうことに遭遇しないように気をつけています。サラリーマンをしていると上司に怒られるから企業勤めはやめるとか、独自の研究分野で他人と戦わなくて済むようにするとか……。幸せになるように、少しずつ自分の特徴に合った仕事に変えてきました。
転職とかいろんな方法で人はもっと変えられるのに、変えそびれて苦しんでいる人が多いと思います。いきなり転職するのは簡単ではないかもしれませんが、同じ会社の中にいてもちょっとずつ何かを変えることはできます。どうやったら自分の幸福度が上がり、下がるのかに気をつけるということです。
それは「健康に気をつける」のと一緒ですね。健康と幸せ、どちらもウェルビーイングなんですから。寒いときは服を厚着して風邪を引かないようにするとか、スポーツをして免疫力を高めるといったように、予防医学が発達して、健康に気をつけるのはみんなの常識になっていますよね。
それと同じで、ちゃんとあいさつをして、他人に親切にするとか、幸せになるためにできることがある。「幸せに気をつける」ことの大切さを僕も著書などで伝えているつもりなんですが、なかなか広まっていません。健康維持のためのジョギングと一緒で、幸せになるための心がけも三日坊主にならず続けてほしいですね。
――ウェルビーイングになるために訪れる場所とか、大切にしているモノはありますか。
自然の中を歩きに行きますね。よく行くのは家の近所の、大木のある大きな公園です。自然に触れると幸福度が高まるという研究もあります。木って、自分の居場所に文句も言わずにどーんと生えてるじゃないですか。それを見るのが好きです。自分は大自然の中の一部なんだなと思うと、自分の悩みはちっぽけに思えて、消えていきます。
居場所と仲間をつくってレジリエンスを高めよう
――最後に改めて、現役世代の読者にウェルビーイングでいるためのアドバイスをお願いします。
あなたは家庭や職場以外にどれくらいの仲間がいるでしょうか。サードプレース、フォースプレース、フィフスプレースぐらいまであって、それぞれに3人ずつの仲間がいる状態を想像してみてください。そういう人は幸せで、レジリエンス(回復力)が強いでしょう。例えば将棋友達とテニス友達とボランティア友達がいると、仕事で悩んでいても、仲間と将棋を指しながら「困ってるんだよ」「じゃあ飲みに行くか」といって、ストレス発散ができますよね。
いまの時代は副業やプロボノ(職業上の知識やスキルを使った社会貢献活動)も含めて、さまざまな選択肢があります。ですから、自分が大事だと思える、濃いコミュニティーを三つ、四つ、五つと、これから5年ぐらいかけて、つくっておいたらどうでしょうか。80歳まで続けられることを、30~40代ぐらいから見つけておいたほうがいいと思います。長い人生、多様なやりがいを持っておくことが大事ですね。
前野隆司(まえの・たかし)
慶応義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授、同大学ウェルビーイングリサーチセンター長。博士(工学)。キヤノンなどを経て現職。幸福学、幸福経営学、イノベーションの研究・教育を行っている。著書に『ディストピア禍の新・幸福論』『ウェルビーイング』『幸せな職場の経営学』『脳はなぜ「心」を作ったのか』など多数。