【エキスパートから学ぶ】日本アンガーマネジメント協会・代表理事 安藤俊介さん【前編】「怒り」を味方に 「変わる」「動く」その先へ
怒り、悲しみ、喜び――私たちが持つ様々な感情は、ウェルビーイングに近づくこととどう結びつくのでしょうか。
様々な分野のエキスパートにヒントやコツを教えてもらうインタビュー連載。今回登場していただくのは、怒りなど人間の感情と上手に付き合うための心理トレーニング「アンガーマネジメント」の第一人者である安藤俊介さん。
私たちが「怒り」を感じる仕組みから、未来のウェルビーイングのかたちまで、詳しく聞きました。
安藤俊介(あんどう・しゅんすけ)さん
日本アンガーマネジメント協会代表理事
アンガーマネジメントコンサルタント
新潟産業大学客員教授

怒りの感情と上手に付き合うための心理トレーニング「アンガーマネジメント」の日本の第一人者。
アンガーマネジメントの理論、技術をアメリカから導入し、教育現場から企業まで幅広く講演、企業研修、セミナー、コーチングなどを行っている。
ナショナルアンガーマネジメント協会では、15人しか選ばれていない最高ランクのトレーニングプロフェッショナルに、アジア人としてただ一人選ばれている。
主な著書に『アンガーマネジメント入門』(朝日新聞出版)、『アンガーマネジメントを始めよう』(大和書房)など。
「ハッピー」と「ウェルビーイング」の違いとは
――ウェルビーイングについて、安藤さんはご専門であるアンガーマネジメントとの関係はどう考えていますか。
その質問に答えるために、まずは「ハッピー」と「ウェルビーイング」の違いは何かというところから考えていきたいと思います。
私はこの二つの違いは「時間軸」だと考えています。
ハッピーは、どちらかといえば「今」とか「この瞬間」といったような刹那(せつな)的なもの。それに対してウェルビーイングは、それよりもうちょっと長い期間で考えたときのもの、というふうに捉えています。
では、「長い期間」を考えた場合、絶対に考えなければいけないのが「変わっていくことへの対応」です。
ウェルビーイングな状態になりたい、あるいはずっとウェルビーイングでいたいと思ったならば、自分自身が変わり続けなければいけない。なぜなら、世の中は必ず変わっていくからです。
「変わることに対しての受容度」が高くなければ、ウェルビーイングな状態は続かない。物事が変化していることに対する受容度を上げることが、僕はウェルビーイングに近づくカギになると思っています。
――「受容度」というのは、具体的にどういうことなのでしょうか。
わかりやすくするために、アンガーマネジメントの側面から説明していきます。
「怒り」を感じた経験は誰にでもあると思うのですが、では私たちはなぜ怒るのでしょうか。多くの場合、怒りの対象になっているものは「自分または自分の考えとは違うもの」です。それに対して怒るわけですね。
アンガーマネジメントでは、それを「自分の『べき』が裏切られると怒る」と説明しています。
「べき」という言葉を、私たちは「○○するべきだ」というようなかたちで使います。つまり、価値観、理想、欲求といった自分が正しいと思うことを表した象徴的な言葉なのです。
では「『べき』が裏切られる」というのはどういうことかというと、それは「自分からみて正しくないと思うこと」になります。人間はそれに直面すると怒る。人は「自分と異なっている」物事や考え方、人に対して怒るのです。
僕が講演会などで話すときに、いつも「一つだけ覚えて帰ってください」と言っていることがあります。それは「自分の『べき』が何かを知っておいてください」ということです。
簡単に言うと、自分が怒ってしまう理由ですね。先ほども説明したとおり、人は「べきが裏切られたときに怒る」からです。「べき」とは自分が正しいと信じているものですが、人によって異なります。僕らは自分と違うものに対して許容度・受容度が低いので、自分の考え方と違う出来事や人に対して怒るんです。
一方で、ウェルビーイングな世の中というのは、自分とは違う人たちが周りにいっぱいいるのが当たり前。つまり「べきが裏切られる」のも当たり前という世界なわけですよね。
ウェルビーイングな世界を実現するためには、「べきが裏切られること」をどれだけ許すこと、認めることができるか。すなわち「受容度を上げられるかどうか」にかかっているわけです。
私たち現代人は、一人で生きているわけではありません。周りの人たちや世の中の環境との関わりの中で、自分の思うとおりにならないものも受け入れていくことができないと、ウェルビーイングに近づくことは難しいでしょう。
変われない私たち 昭和世代が抵抗する
――社会はウェルビーイングを実現する方向に進んでいるのでしょうか。
「別に自分と違う人がいてもいいじゃん」とみんなが思っていれば、社会の軋轢(あつれき)といったものもなくなっていき、社会全体がウェルビーイングの方向に進んでいくはずです。
多様性やダイバーシティーといった言葉を軸にして、社会を動かそうとしている人も少なくありません。
しかし現実には「自分と違う=悪」という人が、まだすごく多いように思います。
様々な立場の人たちがみんなで必死に抵抗しているサインかなと思います。特に昭和の人間は今、必死に闘っているわけですよね。育ってきた最初の20年がどんどんと否定されているというのがまさに今。ずっとこうやって来たはずなのに、なぜ変わらなくてはいけないのか。受け入れられない、というふうに。
一方で、若い世代は性別や社会的立場や肩書などへのこだわりはどんどんなくなっていて、いろんな人が一緒に仕事するのは当たり前だと思っている。社会全体が変わろうとしている、その過程での痛みだと思います。
――「変わること」に抵抗がある人たちがいる、ということですね。ウェルビーイングにも関係があるのでしょうか。
僕は「変わる」ということも、ウェルビーイングに近づく重要なカギだと考えています。
ウェルビーイングになかなか近づけない人には2つの原因が考えられます。
一つは、さっきお話しした「受容度」が低い人。もう一つは「今の状態が最高だ」と思っている人も、やっぱりウェルビーイングに近づけない。思い切った言い方をしてしまうと、「今幸せな人」っていうのは、実はウェルビーイングに近づきにくい人なんですよね。
なぜかというと、今幸せな人は「このままでいてほしい」と考えているから。幸せな瞬間がこのまま続いてほしいし、これが一生続けばいいのに、とさえ思っていることでしょう。
ただ、そう思った瞬間に「変化」が怖くなってしまう。
アンガーマネジメントで僕らがとにかく突き詰めていることは、「変わっていくことへの受容度を上げる」それから「自分と違うものへの受容度を上げる」こと、なんですね。
実は人って、本当に幸せな状態とか満足する状態になってしまうと、社会的に動かなくなってしまうんですよ。幸せで居心地のいい場所から動きたくなくなってしまう。
では、それはウェルビーイングな状態かというと、決してそんなことはないと思うんですね。
――「変わること」「動くこと」が大切ということですね。では、その原動力となるのは何なのでしょうか。
意外かもしれませんが、その一つが「怒り」です。
失敗の原因になったり、人間関係に悪影響を与えたり、「怒り」は確かにネガティブな面があることは間違いありません。だからうまくコントロールする必要がある。
しかしその一方で、ポジティブなものとして捉えることもできます。
例えば、選挙に出る候補者の人たち。手間も暇もお金も掛けて活動するあの人たちは、少なくとも何かしら怒っている人たちなんだと思います。怒ることによって、何かをより良くしようとか、変えようとする。まさに原動力なんですよ。
だから、ウェルビーイングになるためには「怒らない方がいいよね」とか「怒りはなくした方がいいよね」といった発想は、僕は間違っていると思っています。
「怒り」とは、社会や自分の人生をより豊かにする原動力にできるスパイスだと、そんなふうにも考えているのです。