【エキスパートから学ぶ】臨床心理士・アロマセラピスト 松尾祥子さん【前編】「香り」の安心感 ウェルビーイングにつながる

写真・図版
目次
  1. 「人生はアート」 その意味とは
  2. 好き嫌いはあっても正解はない 香りが導く安心感

私たちの感情に直結しているといわれる「香り」。日常生活にうまく取り入れることができれば、ウェルビーイングに近づくキーアイテムになりそうです。

様々な分野のエキスパートにヒントやコツを教えてもらうインタビュー連載。今回登場していただくのは、臨床心理士・アロマセラピストとして、独自の「香りマインドフルネス」を提唱する松尾祥子さん。

人生の岐路に立ったときでも発揮されるという「香り」が持つ大きな力から、密接な関係を持つ「呼吸の大切さ」まで、ウェルビーイングに生きるためのアイデアを詳しく聞きました。

松尾祥子(まつお・しょうこ)さん

公認心理師・臨床心理士
アロマセラピスト・アートセラピスト・リトリートコーディネーター
SAFARI代表

松尾祥子

大学卒業後、国際線客室乗務員として世界にふれるなかで、心と身体、社会の幸福について関心をもつ。

1999年より「香り×心理×サスティナビリティ」をベースにウェルビーイングや Art de Vivre(アール・ド・ヴィーヴル)に関心を寄せ事業を展開する。2008年、統合的心理療法を専門とする3年制修士プログラムを修了。臨床心理学と芳香療法を専門に、心療内科や緩和ケア、大学病院などで経験を積む。

現在は、心理学や生理学をベースに、香りデザインやEAPシステム、研修、グループワークを通じて個人や組織を支援している。著書に「香りで気分を切り替える技術-香りマインドフルネス(翔泳社)」。

「人生はアート」 その意味とは

――ウェルビーイングについて、松尾さんはどのようなものと捉えていますか。

読んで字のごとく「よりいい状態で存在している」ということだと思います。

社会全体が成熟してきた中で、これまでの「食べられればいい、稼げればいい」という考え方から、ものよりも心の充実、豊かさを大切にする、そういう世代が社会の中心になってきたことで注目されるようになった概念だと考えています。

この新しい幸せの概念を、私はウェルビーイングと並んで「アール・ド・ヴィーヴル」という言葉で表現しています。フランス語で、日本語にすると「生命のアート」「生活のアート」というような意味になります。

「生きることそのものが芸術である」という概念が含まれていて、「人は誰もが自分で人生をクリエートしているアーティストなんだ」という考え方に基づいています。

それぞれがよりよいと考える生活、まさにウェルビーイングなんですが、そういう状態になっていくために、それぞれの人生をアートしている。そのお手伝いをするのが心理カウンセリングだと、そんなふうに考えています。

――人生が「アート」であるというのは、もう少し分かりやすくいうと、どういうことなのでしょうか。

創造性というところが重要だと思うんですよね。人生とは、一人ひとりが自分を表現していくものである。人生は自分で好きなように作っていけばいいし、その生き様自体がその人を表現している。

だからこそ、人生においては無駄なことは一つもないと思うんですよ。うまくいかないときがあったとしても、それはその人にとっての「ユニークエクスペリエンス」つまり特別な体験なんです。

例えば、家に引きこもった時期があったとしても、それはその人が自分を表現する前の「退行期間」と考えます。創造の前には退行期間があるというのは、有名な心理学者のユングもよく指摘しています。

ユング自身も3年ぐらい引きこもるんですけど、その後、彼らしい理論を出してくるんですね。大きな飛躍の前には必ずしゃがみ込むような期間があるというんです。

苦しい期間というのは、次の飛躍のためにやっぱり必要です。それは「ユニークなエクスペリエンス」なので、それをいかすことができれば「ユニークな作品」が出来てくるんです。

心理カウンセラーは、誰かを助けようというよりも、何か作品が出来上がっていくプロセスを見ることができることが面白いわけですよ。導くなんていうのはおこがましくて、実際には「応援して待つ」というのが実態に近いかもしれないですね。

写真・図版

――「待つ」ことが大切ということなんですね。

今の社会ではみな忙しくて、「待ってくれる人」というのがなかなかいない、と感じている人は多いのではないでしょうか。

こう言っている私も、カウンセラーの仕事以外の関わりでは、待てないかもしれません。例えば自分の部下には「早くしてよ」という言い方をしてしまうと思うんです。

肉親やパートナーはその人のことを大切に思ってくれる存在ですが、一方で期待も入ってしまうので、かえって待てないことも多いんですよね。

最初は確かに優しい。けれど、時間が経ってくると「あなた、いつまでそうなのよ」というようなことをついつい言ってしまう。

例えばパートナーだと、やっぱりお金の心配とかが直接関わってくるわけです。また両親だと、だんだん「自分のせいかな」などと思い始める。生活や環境を共にしているので、肉親やパートナーも一緒になって不安になってしまうんです。

だから第三者が入って、第三者の視点で専門性を持って「大丈夫だよ」って言ってあげる。これが結構、重要なんですよね。今、ユニークエクスペリエンスの最中なんだよって。

その人の前では苦しみを吐露してもいいし、しなくてもいい。そういう中で本人を信じて一緒に待ってくれる存在が、そういうときにはものすごく重要です。

人はみんな誰でも、ウェルビーイングに近づいていく力は持っているんです。ただ、その方向性がわからなくなってしまう。それを探るためには、自分の心をよく見ないとわからない。なぜなら、ウェルビーイングは他人ではなく自分にとってのものなのですから。

ところが、社会の様々なしがらみの中で、他人にとってのウェルビーイングのために走っていたから疲れちゃったわけですよね。社会から求められるものと、自分が求めるものがずれてしまっていた。だから、もう一度自分の中を見つめ直して、自分にとってのウェルビーイングとは何かを探す作業が必要になるわけです。

好き嫌いはあっても正解はない 香りが導く安心感

――自分のウェルビーイングを探す作業の大切さがよくわかりました。誰でもできるものなのでしょうか。

ただこの作業、やっぱりちょっときついんですよね。時間も取らなきゃいけないし、嫌なところも含めて自分の癖を見ていかなきゃいけない。

そこで私は香りを使っているんです。優しい香りは気分がネガティブになることを防いでくれますし、好きな香りはその人をある程度ハッピーな状態にしてくれます。その状態だと、話を深掘りしやすくなるので。

特に「好きな香り」かどうかというところがポイントです。好きな香りというのはその人を尊重することにつながるからです。

香りを選ぶときに、例えばそれが一般的によいとされている香りであったとしても、いきなり「これでやりましょう」と言われてしまうと、それは他人基準の押しつけですよね。

それを「あなたの香りの中でやりましょう」となると「あ、私の基準で選んでいいんだ」となる。私の基準、私の感覚が認められることになり、それが尊重につながる。

香りの好き嫌いには正解なんてないんです。だから「あなたの香りを選んでいいんですよ」ということになれば「あ、ここでは私の本心を語っていいんだ」となるわけです。

そして自分の大好きな香りの中で「今の気分はどうですか? 香りで気分は変わりましたか?」と聞いてみる。「大好きな香りだから幸せです」と答えてくれれば「じゃあ今、あなたのウェルビーイングはここにあるってことですよね」となります。「私、これが心地いい。これが私なんだ」ということに気付くきっかけになるわけです。

――自分の心地いいもの、すなわちウェルビーイングに気付くきっかけに、香りはとても効果的だと言うことですね。それはなぜでしょう。

例えば視覚情報だと、正解があるんですよね。目の前にリンゴがあれば、それはリンゴなのであってミカンではないんです。

でも、香りはそうではありません。好き嫌いももちろんそうですけど、その香りをどう捉えるかはその人次第。正解はないんです。だから、その人の感じ方を最大限に尊重できるし、そういう環境や雰囲気を作り出すことができる。

香りは、本能の部分に直結するので、「なんか私、気分がいい」とか「なんか私これ嫌い」っていうのを直感的に判断することができるんです。しかも、それが正解なんですよって言われるわけですから、安心しますよね。

香りは、感じ方が自由だというところがポイントですが、一方でそれぞれの人の記憶と非常に強く結びついているものでもあります。だから香りの感じ方には個性が強く表れます。ある香りが、ある人にとってはとても落ち着くものなのに、別の人にとってはとても不快に感じることもふつうにあります。

しかも、それは同じ人にでも起こります。昨日はいい香りだと思ったのに、今日嗅いでみると不快に感じることだってあり得るのです。これは、香りの感じ方が体調や環境にも左右されることを意味しています。

逆に考えると、その香りがなぜ心地よい、あるいは不快なのかということをきちんと押さえていくことで、その人の過去の経験や現在の体調をある程度知ることができる、そういう可能性もあるということです。

――よく言われる「アロマセラピー」にもつながるということですか。

アロマセラピーの嗅覚(きゅうかく)からの利用についてですが、少し違った仕組みで成り立っています。

例えば「同じ時期に日本で暮らしていた同世代の日本人」のように、環境や文化を共有する人たちの間では、「共通体験」を通じて香りにもある程度、共通の好みが表れる場合があります。

私たちの世代でいうと、例えばミカンの香りは、私たちが家族だんらんの中でこたつの中で食べたという共通経験を通じて、なんとなくほっこりして安心感を呼び起こす、という感覚を持ち合わせているように思います。

こういう共通経験を利用しているのがアロマセラピーで、気分を上げたいならこの香り、リラックスしたいならこの香りがおすすめですよ、というふうに提案していきます。

もちろん、背景となる文化が異なれば、反応も違うこともあります。ほうじ茶の香りや納豆の香りは、日本では受け入れられることが多いですが、海外では不快に感じる人もいるでしょう。

そういうなかで、アロマセラピー向きで共通体験が引き起こされやすいものを提案していく。例えば今、リフレッシュしたいということであれば、じゃあミントの香りはいかがですか、というふうになるわけです。

写真・図版

――「香り」をうまく利用すれば、人生を前向きにすることができるということですね。

自分自身の内面を見つめて、自分の人生をクリエートしていこうという、先ほど説明した「アール・ド・ヴィーヴル」の部分が一つ。もう一つ、もっと身近なところでも香りの力を使うことができると私は思っています。

それは気分を変えて、自分自身の生活をよりニュートラルにすること。無理のない状態を作っていこうというのが、もう一つの柱になります。

例えば、どこかへ行かなければならない用事があって、でも行きたくないなーって思うこと、ありますよね。心がニュートラルじゃない。現実と自分の心の状況に大きなギャップがあるわけです。

そこで、例えばミントとかローズマリーとかの香りを嗅いでみると、行くことに対してポジティブな気分になり、行動的になってくることもあります。そうすると、このギャップが埋められるわけですね。ニュートラルな状態で行けるわけです。

気分は「固定されている」ように感じがちですが、実はものすごく移ろいやすいものです。だから「自分は今、行きたくないと思っている」と思い込んでいても、ちょっと自分の心の中をのぞいてみると、実は行ってみたいとワクワクしている気持ちに気付くこともよくあるんです。

で、実際に行ってみたら、なんか結構おもしろかったと。そういうこと、よくありますよね。

実は心の中にある感情は1つだけではなくて、同時に5個ぐらいの感情があると言われています。ただ、多くの場合はそのうちのもっとも強いものに引っ張られて、自分がそう思っていると思い込んでしまっている。

「行きたくない」という感情に圧倒されずに、「いやいや、でもさ。私が申し込んだんじゃん。行きたいと思った何かが絶対あったよね」と考え直してみる。そうすると「あ。これワクワクして聞きたいと思っていたんだよね」ということに気付くこともある。

それをうまく引き出すきっかけになるのが「香り」なんです。決して強制的なものじゃなくて、もともと自分の心の中にあるものをうまく引き出してくれる。 自分の好きな香りをうまく使って、隠れていた感情を引き出してくることで、ご機嫌な状態、つまりウェルビーイングな状態を引き出すことができる。香りは、そういう可能性を秘めています。

音楽も同じよう可能性を持っていると思います。でも瞬間的に、しかも呼吸とともに簡単な行動で実現できてしまうというのが、香りのいいところですね。

RELATED関連記事