【エキスパートから学ぶ】 応用神経科学者 青砥瑞人さん【前編】ちゃんと「フィルタリング」できる 人間の脳の素晴らしさ

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目次
  1. 脳が感じた「幸せ」 記憶として刻み込む
  2. ポジティブな感情 何度も味わって思い返す
  3. 「ネガティブ」に引き寄せられる私たち

私たちが「幸せ」や「ウェルビーイング」を感じるとき、大切な働きをしている脳。どんな特徴があり、どんなことが起きているのでしょうか。

様々な分野のエキスパートにヒントやコツを教えてもらうインタビュー連載。今回登場していただくのは、応用神経科学者の青砥瑞人さん。

太古の昔の記憶から人間の脳には「癖」があること、そしてそれを乗り越え、充実した毎日を過ごすためには、どうすればいいのか。脳科学の視点から語ってもらいました。

青砥瑞人(あおと・みずと)さん

応用神経科学者
DAncing Einstein代表

青砥瑞人

高校を中退後、米・カリフォルニア大学ロサンゼルス校神経科学学部を飛び級で卒業。神経科学を心理学や教育学などとコネクトして人の理解を深め、その理論を応用して実際の教育現場や企業ともコネクトして人の成長やWell-beingのヒントを与えることを目的に2014年にDAncing Einsteinを創設。

神経科学の知見を応用し、未就学児童から大手企業の役員までを対象に、空間デザイン・アート・健康・スポーツ・文化づくりなど、様々な活動を展開している。

主な著書に『HAPPY STRESS ストレスがあなたの脳を進化させる』(SBクリエイティブ)、『BRAIN DRIVEN パフォーマンスが高まる脳の状態とは』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など。

脳が感じた「幸せ」 記憶として刻み込む

――青砥さんが考えるウェルビーイングの定義を教えてください。

ウェルビーイングという言葉を知って興味を持つようになったのは、5年から6年くらい前になるでしょうか。

一般的には「心身ともに健康な状態」というふうに定義されていますよね。ただ、僕から見るとそれってあまり科学的じゃないなというふうに、ちょっと腑(ふ)に落ちないところがありました。

そこで、今まで僕が培ってきた「神経科学」という世界から、ウェルビーイングとはいったいどういうことなんだろうということを、自分なりに探求し始めました。

似たような概念として「ハッピー」「幸せ」があると思うのですが、ハッピーとウェルビーイングって何が違うんだろうという感覚を持ち始め、そこから僕なりに神経科学的な観点から定義付けをしようと考えました。

一般的な定義とは必ずしも一致していないかもしれませんが、あくまで僕なりにたどり着いたウェルビーイングの定義はこうです。

我々が「幸せ」を感じるとき、それは外側で起こっているのではなく、自分の内側で「なんか幸せだな」という感覚を持つのが一般的だと思います。これは、脳を含む自分の身体内に起きた変化だと捉えることが出来ます。

その瞬間を脳科学の観点からみたらどういうことが起きているかというと、神経細胞が神経伝達物質を放出し、それに伴って神経回路と神経細胞に電気が流れている。その瞬間の反応なんですよね。

ただこの反応は、多くの場合は時間が経つとなくなってしまいます。神経細胞が電気を帯びて活動状態になって伝達物質を出したとしても、それはまたすぐに回収されて、平衡状態と呼ばれる元の状態に戻っていく。

つまり「幸せ」とは、「ある瞬間にパッと出るけれど、現れては消えていくような刹那(せつな)的な反応」と定義することが出来る。ある瞬間には感じているけど、ちょっと時間が経ったら忘れて、その感覚や感情がなくなっているもの。その瞬間の反応であるということです。

ただ、その「幸せ」に対する反応は、すべてが元に戻ってそれで終わりかというと、そうではないんです。

「幸せ」のメカニズムの中で反応しているということは、自分の脳や生命にとって何らかの良いシグナルがやってきているということですよね。実は我々の神経細胞は、これを学習するメカニズムを持っている。

ハッピーな反応が起きたとき、細胞あるいは細胞分子レベルのミクロの単位で、一部の神経細胞の構造が変化することがある。とりわけポジティブな感情を引き起こすような情報は、この変化による「記憶」として残りやすい。

ハッピーなことに対する刹那的な反応が「幸せ」。それに対して、反応に伴って神経細胞に書きこまれていく「記憶痕跡」が、自分の内側で物質的な変化として残った状態、つまりハッピーな体験をしたことが自分の一部として身体化・神経細胞化して常態化した状態、それが「ウェルビーイング」である。これが僕なりの定義になります。

脳にとっては「学習」なんですよね。体験したことが自分の一部になっている。 英単語を覚えるのと同じように、幸せな体験が脳を含む心理に刻み込まれる。それこそがウェルビーイングだと、僕の中では定義しているわけです。

――その定義で考えれば、ウェルビーイングは「実在する物質の変化」という具体的なもので捉えることが出来ますね。

僕の中では、ウェルビーイングはもう抽象的な概念ではなく、ミクロの科学の世界であり、物質世界の話であると考えています。

僕には一つの夢があります。それは、世界中の「幸せに伴うウェルビーイングの神経細胞」を1グラム重くすること。だって物質ですから、質量を持っているわけですから。

もちろんミクロの世界の話なので、一人ひとりの神経細胞の変化はものすごく小さなものです。でもそれが集まって、もし1グラム変えることが出来たら、とんでもない数の人が幸せを実際に常態化したことになるわけです。

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ポジティブな感情 何度も味わって思い返す

――「幸せ」の反応は、元に戻ってしまう場合と、神経細胞の変化を伴って記憶として残り、「ウェルビーイングに」つながる場合があるということですね。その違いはどこにあるのでしょうか。

ハッピーの「刹那的な反応」からウェルビーイングの「状態記憶」へ変化する、すなわち「記憶痕跡化」させていくというのは、簡単にいうと「いかに記憶を作っていくか」ということになるかと思います。もう少し専門的にいうと、脳内で「短期記憶」から「長期記憶」へ移ることが、それに該当します。

では、長期記憶というものはどうやったら作られるのか。それを知ることが、その答えを探るヒントになると思います。

ハッピーの反応は、ポジティブな感情が芽生えているわけです。すると脳内ではドーパミンやベータエンドルフィン、セロトニン、オキシトシンといった様々なタイプの神経伝達物質が出る。自分の内側で「今、自分にいいことがあったよ」というふうに教えてくれているのですね。

そしてそれは「自分にとって利があるから、次の機会に備えてちゃんと学習させよう」と促してくれることにもつながっています。

ウェルビーイングにつなげるために大事なことは、このポジティブな感情を大切に味わっていくことなんです。

例えばスポーツやビジネスの世界では、出来るだけ感情を表に出さず、冷静でいることが大切だとされるシーンも多いと思います。場合によっては、感情を抑えなさい、抑圧しなさいと言われることもあるでしょう。

ただ、ウェルビーイングを考えたときには、ポジティブな感情は大切にして、しっかりと味わった方がいい。幸せを感じた瞬間には「ああ、今、幸せだな」というその感情をしっかりと感じること。

そしてもう1点。重要なのは「思い返すこと」です。

例えば今日、とてもハッピーなことがあった。でもそのままにしておくと、多分そのうち忘れてしまうと思うんですよ。

でも、例えば夜寝る前に、今日あったハッピーなことを家族に話してみる。話すことで、自分の中で起こった体験を思い返し、かつ伝えるために言語化もしている。何回も記憶として引き出しているんですよね。

記憶はどうやって作られるのかというと、この「引き出す」という作業の繰り返しなんです。その神経細胞が何度も思い返して使われるからこそ、「この情報は自分にとって重要なんだな」「ちゃんと足跡を残していかなきゃいけないんだな」というふうに学習していくわけです。

その瞬間を味わい、かつ思い返しながら味わって、また誰かに伝えていく。家族に話すという例を挙げましたが、伝えたいという自分の思いを受け取ってくれるコミュニティーの存在もまた重要で、聞いてくれた人が喜んでくれたといったポジティブなフィードバックが返ってくると、さらに強固な情報としてハッピーな記憶が作られていくことになります。

英単語を覚えるのと一緒です。覚えるために何回も書いて読み返して引き出すのと同じように、「幸せ」もその瞬間をしっかり味わい、感情を引き出し、さらにまた思い返すことで引き出していく。そういう瞬間を意識的に持つことによって、その記憶は自分の内側に少しずつ宿っていくのです。

「ネガティブ」に引き寄せられる私たち

――それほど難しいことではない、ちょっとした工夫でウェルビーイングに近づくことが出来るのですね。

私たちの感情の記憶は、脳の中の扁桃体(へんとうたい)と呼ばれる部分に刻まれていきます。

意識的にポジティブなことに注意を向けて思い返すように心掛けていれば、その情報が扁桃体にどんどんと書き込まれていきます。

しかし、実は我々は特に意識しないでいるとネガティブなところにばかり注意を向けてしまうという「ネガティビティーバイアス」という習性があります。知らず知らずのうちにネガティブな反応ばかり引き起こしてネガティブな感情記憶を自分の内側に宿し、扁桃体にはネガティブな記憶ばかりが刻まれてしまう。

なぜそうなるか。それは、かつての地球上で、他の動物に比べて弱い存在だった人間の、太古の記憶が関係していると言われています。

恐怖やリスクを検知すれば、真っ先にそこにフラグを立てて対処する。そうすることで生存確率を高めてきた時代があった人間は、脳が半自動的にネガティブ情報に注意を向けるような仕組みを持っている。

情報社会といわれる今でも、人間の脳の注意の仕組みというのは、生存確率を高めるためにエラー検出をすることが優先される傾向にあります。

私たちが数多くの情報の中から、誰かのゴシップや失敗の話、事件とか火事のニュースといったネガティブな情報に知らず知らずのうちに関心を寄せてしまうのは、それが原因だと考えられます。

情報がネガティブであればあるほど積極的に受け取って、そこからストレスを感じ、嫌な気分になってしまう。場合によっては、そのネガティブな情報が脳に刻まれ、自分の一部になってしまう。私たちはそういうリスクを常に背負っているのです。

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――そういった脳の動きに、私たちは逆らえないのでしょうか。

まずは、人間の脳にはそういう習性があるということを客観視することが大切です。我々にはネガティビティーバイアスがあることを自覚する。そして、どういう情報を自分の内側に取り込んでいきたいのかということを、きちんとフィルタリングする。

私たち人間はネガティビティーバイアスがある一方、このフィルタリングする能力も実はちゃんと持っている。人間の能力は素晴らしいなあ、尊いなあと思うところです。

専門的には「トップダウン注意」というのですが、「ここに注意を向けなければならない」と思えば、実際に注意を向けることが、我々にはできるんです。自分の意図したものや情報を意識的に選択し、見ることができる。ちゃんと自分の意思で選択できるのです。

この能力をちょっと活用することで、半自動で働くネガティビティーバイアスにはちょっとお休みしておいてもらう。もちろん、ネガティビティーバイアスは生きるために必要な能力なので、いっさい使ってはだめというわけではないのですが、ちょっとお休みしてもらって、自分にとってのポジティブな要素やハッピーな要素に優先的に注意を向ける。そうすると、それが自分の内側に入ってきて、ハッピーな反応を引き出す。ハッピーな反応を引き出すから、それがウェルビーイングな状態につながる。

人間の脳のフィルタリングの仕組みは、それくらい重要なものだと思います。この入り口を整えていかない限り、ハッピーにもウェルビーイングにもならないと思うので、いかにしてこの幸せの表面積を広げていくのか、すなわち幸せに注意を向ける意識をどれだけ持つかが、とても重要になってくるのです。

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