WELL-BEING ACTION!

連載「きっかけをつなぐストーリー」第1回・前編

「きっかけ」は、安心の上に成り立つ

古坂大魔王さん・武蔵野大学教授の前野隆司さん・サントリーの一木典子さんが語る、きっかけが生まれる場のつくりかた

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人生を変えた「きっかけ」を、思い出せるでしょうか。誰かに連れて行ってもらった場所、たまたま手渡された一冊、何気なくかけられた一言。自分の人生を変える「きっかけ」になる体験が、誰しもあるのではないでしょうか。いま、そうしたきっかけとなる体験に触れることが難しい子どもたちがいます。経済状況・家庭環境・健康面などにより学校の外での体験の機会に差が生まれる、いわゆる「体験格差」です。

WELL-BEING ACTION! では、今回、こうした「きっかけ」づくりを応援する大人が社会に増えることを願い、「きっかけ」をテーマにした対談シリーズを始めます。第1回に登場するのは、きっかけアンバサダーの古坂大魔王さん、幸福学の第一人者で武蔵野大学ウェルビーイング学部教授の前野隆司さん、そして子ども・若者の体験機会の創出に取り組んでいるサントリーホールディングス(株)CSR推進部長(以下、サントリー)の一木典子さんの3人です。

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すべての子どもに、体験の機会を

―― まず、サントリーさんが取り組んでこられた活動から聞かせてください。

一木 3年前、子ども・若者支援を当社のCSR活動の重点テーマのひとつとして位置づけました。背景にあるのは、困難を抱えている子ども・若者が日本にも大勢いるということです。それは、経済的な問題だけではないんですね。家族や自分自身の健康状態や、学校に行けない状況があったり、いろいろな問題が複合的に重なって、意欲や希望を持ちにくい状態になっていく。それは、個人の問題ではなく社会全体の問題だなと思っていました。

古坂 そうですよね。

一木 社会全体としてどう良くなっていけるかを考えたときに、子ども・若者の育ちに欠かせない環境としての「つながり」と「体験」という二つに着目して、「君は未知数※1」を立ち上げました。

「君は未知数」の活動の一つに「こども冒険バンク」があります。サントリーと認定NPO法人フローレンスが共同開発した体験格差の解消を目指す取り組みで、魅力的で多様な体験の機会と家庭をつなぐデジタルのマッチングプラットフォームです。利用対象は、経済状況・家庭環境・健康面などの事情により、体験機会にアクセスしづらい世帯です。会員世帯には、毎月1回、好きな体験に参加できるチケットをお送りし、「行ってみたい!」と思う体験があれば、Web上で申し込みいただくことができます。また、会員は、自ら情報をネットで探す時間的な余裕がない場合が多いので、新しい体験が掲載されたらLINEでお知らせするなど、情報へのアクセスにも配慮した設計にしています。

古坂 なるほど、必要とされている世帯にこちらから情報を届けにいくんですね。

一木 いま、体験を提供してくださる企業・団体が累計64社、会員が2,361世帯、親子で6,000人以上になっています。この取り組みを始めてから2年強、1万4,620件の体験のマッチングができました。(2026年8月末現在)

―― 規模としては、どのくらいを目指しているのでしょうか。

一木 国民生活基礎調査によると、日本の相対的貧困率は約15%。子どもの貧困率は約11%で、9人に1人、約180~190万人の子どもが相対的貧困の状態にあると言われています。※2いま「こども冒険バンク」で体験を提供しているのが2,361世帯ですから、子どもの数にすると4,000人程度。まだまだ十分とはいえないんです。「こども冒険バンク」としては、まずは2万5,000世帯の会員登録を目指しており、サントリーとしても継続してサポートしていきます。

前野 相当な数ですね。

一木 そのためにも、他企業やNPOとの連携が必要です。

「こども冒険バンク」は、フローレンスさんとサントリーが開発してきました。その輪を広げるため、現在はサントリーの法人営業部門とも連携して、企業への働きかけを進めています。一方、企業が支援を必要とするご家庭に直接声をかけるのは、簡単ではありません。そこで、日頃から地域や家庭とつながっているNPOの方々が橋渡しを担っています。企業が体験の機会を提供し、NPOが必要なご家庭につなぐ。両者が協力するからこそ実現できる仕組みなのです。

―― 利用された方からは、どんな声が届いていますか。

一木 体験に参加した子どもからは「映画に行ったことがなかったから、周りの友達と話を合わせられず疎外感があったけれど、今回の体験を通じてようやく仲間になれた気がする」と。親御さんからは「世の中にはいろんなお仕事があるんだ、と子どもの視野が広がったようです」や「日頃は、親である私自身のケアが後回しになりがちですが『こども冒険バンク』の体験を通して、私自身も元気になり、それが子どもの健康にもつながるのだと実感しました」という声もありました。

※1 サントリーの次世代エンパワメント活動の名称。生まれ育つ環境や状態にかかわらず、すべての子どもたちがその可能性をひらくことができる社会を目指し、NPOなどと協働しながら、子どもたちが未知や他者と出会う機会をつくっている。

※2 相対的貧困とは、世帯所得が等価可処分所得の中央値の半分(貧困線)に満たない状態のこと。貧困率は厚生労働省「2025(令和7)年 国民生活基礎調査」(2024年の所得に基づく)より。約180~190万人という人数は、総務省「人口推計」の17歳以下人口をもとに算出した推計値。

子ども・若者への支援につながる創業の精神

―― 経済的な困窮だけの話ではない。古坂さんは、この活動をどう見ていますか。

古坂 大きな企業がこうした子ども・若者支援活動をすることで、貧困だったり、隠れたり、疎外されている人が、きっと希望を持てると思うんです。もっと活動を知って理解してもらった先に、人間と人間の感情が動いて、最終的にはムーブメントが広がるようになるんじゃないかな。

―― サントリーは、どういう経緯で子ども・若者支援に取り組むようになったのでしょうか。

一木 サントリーは創業以来、「事業活動で得たものは、自社への再投資にとどまらず、お客様へのサービス、社会に還元したい」という「利益三分主義」が、価値観の一つとして脈々と受け継がれています。社会貢献活動の始まりは、創業者・鳥井信治郎による生活困窮者のための無料診療所「今宮診療院」や戦災者などのための宿泊所「駒川ホーム」の開設です。「利益三分主義」の信念のもと、私たちは事業とともに100年以上にわたり、さまざまな活動に取り組んできました。この原点を大切にし、現在の日本の社会課題を見つめたときに、困難に直面する子どもたちは決して少なくありません。だからこそ、すべての子どもたちが意欲・希望・夢を持ってチャレンジできる社会を実現したいとの思いから、取り組みを強化していきたいと考えました。

もともと、次世代を担う子どもに対しても、「水育(みずいく)」などの環境学習や、音楽、美術、スポーツ分野などで、豊かな個性・人格形成に向けた機会を提供してきており、活動の実績がありました。また、東日本大震災の復興支援を15年にわたり続けるなかで、東北エリアのみらいづくりにチャレンジする活動を助成してきました。そのプログラムに採択された活動の中で一番多かったのが、困難を抱える子どもや母子を支援する活動だったんです。地域コミュニティにも向き合ったことで、一企業ではなかなか聞こえない声があることを再認識することができました。

古坂 なるほど、サントリーさんの創業精神やこれまでの社会貢献活動が、「君は未知数」ひいては「こども冒険バンク」の活動につながっているんですね。

大人が見ていると、子どもは安心して遠くまで行ける

―― 古坂さんが、子どもの体験に関心を持たれたきっかけは何だったのでしょうか。

古坂 子どもが生まれたことが、人生の中で一番大きかったですね。自分は年を取るだけで過去になっていくけど、子どもは成長してこれからの未来をつくっていく存在だということを、子育てをしていて肌で感じるんです。

―― 子どもが自分で「やってみたい」「自分にもできるかもしれない」と感じるためには、何が要るのでしょうか。

前野 研究は大量にあるのですが、まず1つは心理的安全性です。子どもにとって、本当に信じてもらえているか、目の前に安心があるか。それが大きいんですよね。もう1つは、自己肯定感の高い人は挑戦できるということ。自己肯定感を高めるのは難しいですが、これも重要です。

古坂 研それ、わかります。公園で親が見ていると、子どもは遠くに行きます。逆に、親がスマホを見ていると、あんまり飛び出していかないんですよね。親が見ているって安心があるぶんだけ、子どもは遠くへ踏み出せるんですね。

ということは、まず心理的安全性を守らないと、きっかけが生まれないんですよね。

前野 そう。子どもの安心・安全は、「きっかけ」の前提条件として我々が共有しなくてはいけないものになりますね。

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余白が「きっかけ」をつくる

―― では、その安心のある場を、どうつくっていくのでしょうか。

一木 きっかけって、私たちが意図して与えるものというより、その場で自然に生まれてくるものだと思うんです。だから提供する側が全部を決めてしまわないほうがいい。そのうえで、安心のある場をつくるために考えていることが3つあります。

1つ目は、親御さんだけの負担や責任にしないこと。子どもの「やりたい」を家庭の状況や、親への気兼ねで諦めることがなくなる仕組みを、なんとかしてつくりたい。そのためには、子どもの「やりたい」を叶える選択肢があり、それを子ども自身で選べることが大切です。

2つ目は、参加する子ども・若者が、家族以外の大人から見守られた・応援されたという実感を得られることです。例えば、家では「散らかるから」「音が出るから」と止められてしまうようなことも、この場所なら思いきりやれる、そういう場所ってありますよね。失敗しても大丈夫、そんな心理的な安心があること。

3つ目は、体験を提供する側がこれで喜んでもらおう、これを学んでもらおうなどと期待や作為を持ちすぎないこと。最初に考えるのはいいんですけど、子どもと関わる瞬間には意図を手放し、子どもたちが興味を持つことを受け止める。子どもたちには、大人が想像する以上に広い感じ方・受け取り方があるので、大人がプロセスや体験のハイライトを決めつけたり、演出したりしすぎず、余白があるといいなと思います。

古坂 余白ですか。

一木 そう、余白です。そう考えるようになったきっかけは、体験後の感想では、大人が思いもよらなかったところが心に残っている子が多かったことです。子どもたちは、体験の内容そのものよりも、その場での人との関わりや、そこで起きた出来事から多くのことを感じ取っているのです。

そういえば、「君は未知数」のロゴを決めるときにも気づきがありました。ちょうど思春期世代の子どもたちに、いろいろなロゴのデザインを見せて、どれがいいって聞いたんです。そうしたら、大人たちが本命だと思っていたものとは全く違う案が支持されました。そのずれを受け止められるのが余白だと思っています。

古坂 それ以外に、大人自身が楽しむことも必要ですよね。大人が楽しんでいると子どもに伝わるんですよ。だいたい僕が食べて「うわー、うめー」って言っているものを、1年後くらいに「食べてみたい」って言うんですよ。「パパがあれはおいしいって言ってたから、ちょっと食べてみようか」って。

前野 1年後っていうのがいいんですよね。その時の反応だけでは測れないから。本当に、土壌を耕すくらいの気持ちで。それがいつどんな大きさになるかはわからないですけど、その時に何も受け取っていないわけではないですから。

一木 企業の方にも、喜びの声を直に聞けるのがすごく嬉しいと言ってもらっています。応援している大人たちが、逆に元気や喜びをもらっている、という感覚を持たれる方はすごく多いです。

古坂 それですよ。ウェルビーイングって相手との双方向なもので、フラットな感覚を持って行動するほうが気持ちいいんですよ。

前野 幸福度に関わる心の要素を、私は4つの因子に整理しています。1つ目は「やってみよう」。主体的に進んで、やらされたのではなくて、自分からやってみようとしている状態です。2つ目は「ありがとう」。感謝していたり、利他的な行動をしたり、人と人のつながりがあると幸福度が上がる。3つ目は「なんとかなる」。4つ目は「ありのままに」です。

しかも、この4つはどれも、他人と比べられないものなんです。これらは「非地位財」といって健康や愛情、やりがいや自由のように比べられないもので、「長続きする幸せ」なんですね。逆に、お金やモノ、社会的地位のように他人と比べられるものを「地位財」といい、地位財による幸せは長続きしないと言われています。

そう考えると、全体的に効率ばかりを追う社会ではなくて、ゆとりのある社会って幸せなんですよね。

大人が最初は考えるけど、あとは子どもに任せる。そのなかに何かがあるんだよっていう、広い心を持ちたいですね。

古坂大魔王
1992年お笑い芸人「底ぬけAIR-LINE」でデビュー。ピコ太郎プロデューサー。文部科学省・CCC大使、UNEPサステナビリティアクションアドバイザー、クラシック音楽アンバサダーを務めるほか、テレビ出演やトークセッションなど、多方面で活動している。また、出張型キャリア教育プログラム『avex class』で講師を務めるなど、次世代に向けた活動にも注力している。

前野 隆司
武蔵野大学ウェルビーイング学部教授。博士(工学)。キヤノン勤務、慶應義塾大学教授などを経て、2024年より現職。幸福学の研究に取り組み、『幸せのメカニズム―実践・幸福学入門』など著書多数。

一木 典子
サントリーホールディングス(株)CSR推進部長。1994年にJR東日本入社。地域活性化や子会社の経営などに携わった後、2022年にサントリーホールディングス入社。2023年に次世代エンパワメント活動「君は未知数」を立ち上げ、NPOと協働して子ども・若者の支援に取り組んでいる。

(構成/WELL-BEING ACTION! 編集部 写真/岡本 茉莉)