地域にいた大人は、いま企業の中にいる
子どもの「きっかけ」に、企業はどう関われるのか
前編では、きっかけアンバサダーの古坂大魔王さん、武蔵野大学教授の前野隆司さん、サントリーの一木典子さんの3人に、「きっかけ」が生まれるためには安心が前提にあることや、体験を提供する側自身が楽しみ、子どもの興味に任せる姿勢の大切さについて語っていただきました。後編では、企業が子どもたちへ体験を提供する「こども冒険バンク」の取り組みを、多くの企業に広げるために大切なことを聞いていきます。

地域にいた大人は、いま企業の中にいる
―― 子どもたちの体験機会を広げていくうえで、いま社会にはどのような課題があるのでしょうか。
前野 多様な体験をさせるには、環境の問題もあります。いま、社会で家族以外の大人と体験をする機会が減っているんです。昔は村があって、どこに行っても地域の大人と知り合いですから、家族以外の大人と接する機会が多くありました。
古坂 今は、ネットがつながっていて村に比べたら世界は広いというものの、検索して1億件以上のヒットがあると、情報が膨大で精査が難しく、何も残らない。
子どもから「何か遊ぼうよ」って言われたときに、僕は「何して遊ぶ?」って聞き返しちゃっているんですよね。そんな時、昔の村だったら、地域の大人から「これで遊ぼう」っていうのがあった。作業員、大工、漁師といったいろいろな職業の大人がいて「おー、じゃあ一緒に釣りに行くか」「釘打つか」ってなったじゃないですか。
前野 村には、子どもを見てくれる家族以外のおせっかいな大人がいましたね。
―― 子どもたちに体験を届けるために、なぜ企業の力が必要なのでしょうか。
一木 いまサントリーが取り組んでいるのは、「おせっかいな大人」を増やすことなのかもしれません。ただ、私たちだけでは十分ではありません。多くの方と力を合わせ、「こども冒険バンク」の仕組みを広げていきたい。そのために企業の皆さんにも参加いただきたい理由が、2つあります。
1つは、実はいま、子どもたちの周りにいた村社会の大人たちが、女性の社会進出、シニアの雇用延長、産業構造の変化などを背景に、企業の中にいるんです。だから企業にいる大人が体験機会を提供することで、より良い社会につながるんじゃないかなと思っています。
もう1つは、これまでSDGsやESG経営などの流れのなかで、企業は環境領域にお金と時間を投じて取り組んできました。同じように、人に対しても責任があるはずで、グローバルな潮流※1として、人のウェルビーイングへの貢献が企業に求められていきます。企業経営にとっても大切なテーマになるのではないでしょうか。
※1 SDGsは2030年に期限を迎え、後継となる国際目標(ポストSDGs)は2027年9月から国連で正式な議論が始まる予定。企業の情報開示では、TISFD(不平等・社会関連財務情報開示タスクフォース)が2026年5月に、人に関する影響やリスクを開示するための枠組みの草案を公表し、2027年に最終版を出す予定である。国連のBeyond GDPの専門家グループは同じく2026年5月、「公平で包摂的かつ持続可能なウェルビーイング」を軸に、GDPを補う31の指標を提案した。いずれも、経済や環境に加えて人のウェルビーイングを重視する方向で議論が進んでいる。

子どもの笑顔が、企業にも新しい価値を生む
―― こども冒険バンクを通じて企業が体験提供をすることにメリットはあるのでしょうか。
一木 「CSR活動の大切さはわかっていても、具体的に何をすればいいかわからない」という企業もあると思います。「こども冒険バンク」は、自社の施設や、社員の得意なことなど、多様なリソースをいかして社会貢献に取り組むきっかけになります。また、子どもや保護者の声に触れ、自社の持つ価値を見つめ直す機会にもなるかもしれません。
社員にとっても、「なんとかなる」と思って一歩踏み出し、子どもたちの笑顔や「ありがとう」に喜びを感じたり、子どもたちと「ありのままに」関われたりする経験が、ウェルビーイングにつながるのではないでしょうか。
前野 そうですね。「なんとかなる」「ありのままに」は、幸福度にかかわる心の要素、4つの因子※2のうちの2つにあてはまりますね。社員の皆さんにとっても幸福度の高い体験になっていると思います。海外の研究では、幸福度の高い社員はそうでない社員より創造性が3倍、生産性が31%高いという結果が出ているんですよ。※3
古坂 飲み物を作ったり、ハンバーガーを売ったり、ラジオの収録をしたり、サッカーの審判をしたり。そういう体験をしてみると、子どもたちの中で「楽しい」「もっと知りたい」という気持ちが生まれるんですよね。
そこでよくしてもらったとか、店員さんが優しかったとか、人との関わりも心に残る。結果として、その企業やサービスのファンになるかもしれませんしね。まず大切なのは、子どもたちが体験そのものを楽しみ、自分なりの発見ができることなんですよね。
※2 前野さんは、幸福度に関わる心の要素を、「やってみよう」「ありがとう」「なんとかなる」「ありのままに」という4つの因子に整理しています。(前編記事はこちら)
※3 Lyubomirsky, King, Diener(2005)による225件の研究のメタ分析。ショーン・エイカー「Positive Intelligence」(『ハーバード・ビジネス・レビュー』2012年)で紹介されている。
「良い人」って、幸せな人
―― 最後に、子ども・若者への体験提供に関心を持つ企業・団体の皆さんへ、一言ずつお願いします。
前野 ウェルビーイングは「幸せ」と訳されますが、wellは「良い」、beingは「在ること・生きること」といった意味を持つ言葉です。human beingと言えば「人間」を意味しますよね。だから僕は、ウェルビーイングを「良い人」という捉え方でも考えているんです。心身ともに満たされた「良い人」は幸せで、やる気もあるし、人助けもする。僕だって人に生まれたからには、良い人になりたい。どの企業もそんな気持ちがあるはずなので、「良い」社員がいきいきと働いている良い企業になりましょう。
社員に新たな「良い」発見があれば、企業にとっても「良い」ことで、そういう人や企業が増えれば、世界の環境問題や社会問題も解決に向かうと思いますね。
古坂 子今日の話を聞いて、子どもたちのために何かをすることは、関わる大人自身の喜びにもなるということがわかりました。前野さんの言う「良い人」って、誰かのために一生懸命になるだけじゃなくて、自分も楽しんでいていいんですね。
一木 オフィス、社員食堂、工場、社員の特技など自分たちの持っているあたりまえのものが、子どもたちに提供できる価値になる。「自分たちなら、こんな体験を届けられるかも」と思った企業の皆さんには、ぜひ「こども冒険バンク」の仕組みを活用していただきたいです。
古坂 確かに僕も、子どもの頃に工場を見学して、そのあとに飲ませてもらった飲み物が、そこからずっと好きですもんね。出会いかたもありますよね。今はSNSで知ったりするのかもしれないけど、「現地に行って、飲む」っていう実体験が大事だなと思います。子どもたちが実際に足を運んで、やってみたいことを体験できる機会を、もっと増やしていきたいですね。
子どもたちにとって、僕たち大人は話が長いんですよ。言いたいことは定まっていても、情報が多すぎるんですね。子どもだって、みんな忙しいんですよ。10代の子どもたちだってXを見て、TikTokを上げて、友達にLINEを返して。その中で、長い文章は届かない。だから僕らは、伝えたいことを1行に収めなきゃいけない。ただ、短くしすぎると、伝わらないこともある。だから、わからない人にはきちんと説明するけど、あとは受け手の想像力を信じる。
そう考えると、サントリーさんの「君は未知数」って言葉は、すごくいいと思うんです。短いけれど、「君の可能性はまだ決まっていない」というメッセージが伝わるし、受け取った子どもが自分なりに膨らませられる。子どもたちの可能性を広げる活動の一つである「こども冒険バンク」に、たくさんの企業が参画してくれることで、共感してくれる大人を増やしていきたいですね。
この連載「きっかけをつなぐストーリー」では今後、子どもや若者に「きっかけ」を届け、体験の機会をひらいている企業・団体を訪ね、なぜその活動を始めたのか、現場で何を見てきたのかを聞いていきます。
古坂大魔王
1992年お笑い芸人「底ぬけAIR-LINE」でデビュー。ピコ太郎プロデューサー。文部科学省・CCC大使、UNEPサステナビリティアクションアドバイザー、クラシック音楽アンバサダーを務めるほか、テレビ出演やトークセッションなど、多方面で活動している。また、出張型キャリア教育プログラム『avex class』で講師を務めるなど、次世代に向けた活動にも注力している。
前野 隆司
武蔵野大学ウェルビーイング学部教授。博士(工学)。キヤノン勤務、慶應義塾大学教授などを経て、2024年より現職。幸福学の研究に取り組み、『幸せのメカニズム―実践・幸福学入門』など著書多数。
一木 典子
サントリーホールディングス(株)CSR推進部長。1994年にJR東日本入社。地域活性化や子会社の経営などに携わった後、2022年にサントリーホールディングス入社。2023年に次世代エンパワメント活動「君は未知数」を立ち上げ、NPOと協働して子ども・若者の支援に取り組んでいる。
(構成/WELL-BEING ACTION! 編集部 写真/岡本 茉莉)
