最大震度7を記録した北海道地震。36人が亡くなった厚真町では、地域行政の中心を担い続けた町職員と、その妻も犠牲になった。町役場の同僚らは悲しみをこらえながら、被災した町民の支援にあたっている。

 死亡が確認されたのは、理事兼まちづくり推進課長中川信行さん(62)と妻の久美子さん(58)。自宅は土砂に押しつぶされ、久美子さんは8日午後、信行さんは9日早朝にそれぞれ遺体で見つかった。

厚真町役場の職員だった中川信行さんの席には花が手向けられていた=2018年9月10日午後3時14分、北海道厚真町、藤原伸雄撮影

 信行さんは同町出身。東京農業大を卒業後、「農業で町を発展させたい」と町役場に就職した。専門分野を生かし、町の基幹産業である稲作の振興を担当すると、長靴を履いて農家を回り、農協など関係先との調整に飛び回った。「人望が厚く、誰からも慕われる。町で何かあったら、この人が必ずなんとかしてくれる。そんな存在だった」

 災害対応の陣頭指揮を執る宮坂尚市朗町長(62)は涙を流し、振り返る。

 優れたリーダーシップや企画力を買われ、企画部門に移ると、農業の発展を柱に据えた町の地方創生総合戦略を策定した。本来は60歳で定年を迎えるはずだったが、その戦略を実現させるため、町が頼み込んで63歳まで延長してもらい、第一線で職員たちを引っ張っていた。

厚真町役場の職員だった中川信行さんの席には花が手向けられていた=2018年9月10日午後3時14分、北海道厚真町、藤原伸雄撮影

 町役場が「異変」に気付いたのは、地震が起きた6日未明。町職員が続々と役場に集まるなか、いつもならすぐに駆けつける信行さんの姿が見えない。職員らが不思議に思っていた矢先、テレビに大規模な土砂崩れの映像が流れた。

 信行さんが暮らす吉野地区の上空からの映像だった。「えっ、あそこ――」。悲鳴にも似た声が上がった。中川夫妻の自宅は、土砂に埋まっているように見えた。

 信行さんは長年、町役場近くの市街地で暮らしていた。しかし昨年、自ら総合戦略に盛り込んだ農村での生活を実践しようと、久美子さんが育った田んぼが広がる吉野地区に移り住んだ。「役場の職員が初めて市街地から農村に移り住んでくれたって、住民からとても感謝されたんです」(宮坂町長)。

 災害発生時、信行さんはメディアなどの対応をする広報の責任者を任されていた。今回の地震後、その役割は代わりの職員たちが不休で担っている。

 「『また明日な』って別れたばかりだったので、職員は皆泣きたいんです。でも町民の前で、うちひしがれた姿を見せてしまうと、町民も動揺するので、今はなるべく中川さんの話はしないようにしています」と宮坂町長は話した。

 同町の男性(58)は、久美子さんと小中学校の同級生だった。十数年前から「同窓会」と称して飲み会を企画してきたが、「久美ちゃんは呼ばないと」とすぐに名前があがるような盛り上げ役だった。

 「とても真面目で口数が少なかった」という夫信行さんのことを、冗談交じりに「うちのは堅物だから~」と話していたという。

 東京で働く一人娘を心配しつつ、「頑張っているみたい」とうれしそうに何度も話していた。「たわいもないことでも面白おかしく話してくれて、いつもみんなを和ませてくれた」

 そろそろ次の「同窓会」を企画しようと話していたところだった。男性は久美子さんをしのび、「突然会えなくなるなんて寂しいよ。まだ、久美ちゃんの話で笑いたかった」と話した。(三浦英之、窪小谷菜月)