在日朝鮮人ら9万人以上が北朝鮮に渡った帰還事業が始まってから、14日で60年になった。出発地となった新潟港の中央埠頭(ふとう、新潟市中央区)では同日、帰還後に脱北した生還者や家族など約40人が集まり、追悼式を開いた。

 1959年から84年まで続いた帰還事業では、朝鮮総連などが北朝鮮を「地上の楽園」と宣伝し、帰還を勧めた。しかし実際は多くの人が宣伝と異なる苦しい生活を送ったとされ、日本との自由な往来も許されなかった。追悼式では帰還後に北朝鮮で亡くなった人に黙禱(もくとう)や花を捧げた。

 11歳で北朝鮮に渡った生還者の榊原洋子さん(69)は、大阪府から参加した。「北朝鮮に残る人たちがどんなに苦しい生活をしているか。それを思ったら涙が出た」。生還者で、主催団体代表の川崎栄子さん(77)は「生きて帰った者として、やるべきことはやらなきゃダメだと決意を新たにした」と話した。北朝鮮に残る人が自由な往来ができるよう目指すほか、「北朝鮮の人権侵害がどれほどのものか、知ってもらいたい」と述べた。(杉山歩)