香取慎吾「心痛いけど安心できる場所」 パラ施設巡って

榊原一生

2020年6月24日11時00分

エントランスに掲げられた「レゴ壁画」の前で笑顔を見せる山脇康・日本財団パラリンピックサポートセンター会長と香取慎吾さん=2020年6月17日、東京都品川区、西畑志朗撮影

■慎吾とゆくパラロード

 朝日新聞パラリンピック・スペシャルナビゲーターの香取慎吾さんがさまざまなパラ競技に挑戦する「慎吾とゆくパラロード」。今回は、新型コロナウイルスに感染した軽症者受け入れ施設としての整備が進むパラスポーツ専用体育館「日本財団パラアリーナ」を、日本財団パラリンピックサポートセンターの山脇康会長(72)と巡りました。

 パラアリーナのエントランスで香取さんの目に飛び込んできたのは、色鮮やかな「レゴ壁画」だった。

 《外されないで、残っていたんですね。僕の作品。これはうれしいなあ。》

 壁画はパラスポーツを応援しようと自身が描いた絵を、組み立て玩具「レゴ」で再現したものだ。18年の開館時からここで練習する選手たちを見守ってきた。

■パラの練習拠点からコロナ施設に

 しかし、アリーナは新型コロナウイルス感染拡大による病床不足に対応するため、軽症者を受け入れる医療施設に。それでも壁画はそのまま残された。運営を担う日本財団パラリンピックサポートセンターの山脇会長は笑顔で語りかけた。

 《もし軽症者の方々が入られるとしても、壁画を見たらエネルギーをもらえるんじゃないかと思って。きっと勇気づけられるんじゃないかな。》

 2人はアリーナ内のコートに足を踏み入れた。すでに100床のブースが設置され、それぞれベッドや机が備えられている。山脇会長は、日本財団から医療施設にしたいと要望があった当時を振り返った。

 《話があったのは、4月3日の正式発表の2日ほど前でした。感染拡大は人類の危機。人命を守ることが最優先だったので、「ぜひ施設を使ってください」と言いました。できることはやろうと。》

 香取さんにとって、アリーナは車いすラグビーやゴールボールなど数多くの選手たちと出会い、競技を知った思い出の場所だ。

 《もちろん選手のみなさんのことを思うと心は痛い。それでもさらに感染拡大した時に安心できる場所があるのは、僕もそうだし、みんなにとっても心の支えになりますもんね。》

■理解示したパラ選手たち

 山脇会長はうなずいた。

 《選手には本当に申し訳なかった。ただうれしかったのは競技団体のみなさんが決定に理解を示してくれたこと。やはりスポーツは健康な生活の上に成り立つものだと思うのです。》

 アリーナに隣接する「船の科学館」の駐車場では、プレハブの仮設住宅140室の設置工事も進む。ウイルスと隣り合わせの新たな生活が始まった今、香取さんはパラアスリートの強さを改めて感じたという。

 《国内外の選手とリモート対談させてもらったんですが、コロナ禍でもみんな前を向いていたんです。》

 山脇会長は言った。

 《選手たちはできないことが普通にある。普段から工夫して、想像力を働かせている。逆境の時は、そうした能力が生きる力につながっているのだと思う。》

 香取さんは水泳の成田真由美選手を思い出した。

■逆境でたくましさ発揮

 《成田さんは言っていました。「自分でコントロールできないことも受け入れないと前には進めない」と。みんな障害を受け入れて日々の困難に立ち向かっている。だから強い。》

 山脇会長はそうした「パラの力」に期待を込める。

 《パラ大会の開催理由の一つは一人ひとりの違いを認め、誰もが活躍できるインクルーシブ(包摂的)な社会を実現していくこと。コロナ禍では選手たちのたくましさが目についた。社会が変わる動きは加速し、大会開催でより早く実現するのでは、と感じています。》

 本番まであと1年2カ月。香取さんはアリーナを見つめ、表情を引き締めた。

 《この施設は本当は使われない方がいいんですよね。収束を願っています。大会までパラスポーツを応援する時間が増えたので、自分にできることをやっていきたい。いつまでも応援を続けていきたいと思っています。》

 山脇会長も続いた。

 《来年は今年予定されていたものより簡素化された大会になる。だからこそ、選手が戦う意味や開催意義といった原点を問い直すいい機会になる。少し立ち止まって、パラリンピックの新たなあり方を示し、その先につなげていければと思っています。》(榊原一生)

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香取慎吾「心痛いけど安心できる場所」 パラ施設巡って

榊原一生

2020年6月24日11時00分

エントランスに掲げられた「レゴ壁画」の前で笑顔を見せる山脇康・日本財団パラリンピックサポートセンター会長と香取慎吾さん=2020年6月17日、東京都品川区、西畑志朗撮影

■慎吾とゆくパラロード

 朝日新聞パラリンピック・スペシャルナビゲーターの香取慎吾さんがさまざまなパラ競技に挑戦する「慎吾とゆくパラロード」。今回は、新型コロナウイルスに感染した軽症者受け入れ施設としての整備が進むパラスポーツ専用体育館「日本財団パラアリーナ」を、日本財団パラリンピックサポートセンターの山脇康会長(72)と巡りました。

 パラアリーナのエントランスで香取さんの目に飛び込んできたのは、色鮮やかな「レゴ壁画」だった。

 《外されないで、残っていたんですね。僕の作品。これはうれしいなあ。》

 壁画はパラスポーツを応援しようと自身が描いた絵を、組み立て玩具「レゴ」で再現したものだ。18年の開館時からここで練習する選手たちを見守ってきた。

■パラの練習拠点からコロナ施設に

 しかし、アリーナは新型コロナウイルス感染拡大による病床不足に対応するため、軽症者を受け入れる医療施設に。それでも壁画はそのまま残された。運営を担う日本財団パラリンピックサポートセンターの山脇会長は笑顔で語りかけた。

 《もし軽症者の方々が入られるとしても、壁画を見たらエネルギーをもらえるんじゃないかと思って。きっと勇気づけられるんじゃないかな。》

 2人はアリーナ内のコートに足を踏み入れた。すでに100床のブースが設置され、それぞれベッドや机が備えられている。山脇会長は、日本財団から医療施設にしたいと要望があった当時を振り返った。

 《話があったのは、4月3日の正式発表の2日ほど前でした。感染拡大は人類の危機。人命を守ることが最優先だったので、「ぜひ施設を使ってください」と言いました。できることはやろうと。》

 香取さんにとって、アリーナは車いすラグビーやゴールボールなど数多くの選手たちと出会い、競技を知った思い出の場所だ。

 《もちろん選手のみなさんのことを思うと心は痛い。それでもさらに感染拡大した時に安心できる場所があるのは、僕もそうだし、みんなにとっても心の支えになりますもんね。》

■理解示したパラ選手たち

 山脇会長はうなずいた。

 《選手には本当に申し訳なかった。ただうれしかったのは競技団体のみなさんが決定に理解を示してくれたこと。やはりスポーツは健康な生活の上に成り立つものだと思うのです。》

 アリーナに隣接する「船の科学館」の駐車場では、プレハブの仮設住宅140室の設置工事も進む。ウイルスと隣り合わせの新たな生活が始まった今、香取さんはパラアスリートの強さを改めて感じたという。

 《国内外の選手とリモート対談させてもらったんですが、コロナ禍でもみんな前を向いていたんです。》

 山脇会長は言った。

 《選手たちはできないことが普通にある。普段から工夫して、想像力を働かせている。逆境の時は、そうした能力が生きる力につながっているのだと思う。》

 香取さんは水泳の成田真由美選手を思い出した。

■逆境でたくましさ発揮

 《成田さんは言っていました。「自分でコントロールできないことも受け入れないと前には進めない」と。みんな障害を受け入れて日々の困難に立ち向かっている。だから強い。》

 山脇会長はそうした「パラの力」に期待を込める。

 《パラ大会の開催理由の一つは一人ひとりの違いを認め、誰もが活躍できるインクルーシブ(包摂的)な社会を実現していくこと。コロナ禍では選手たちのたくましさが目についた。社会が変わる動きは加速し、大会開催でより早く実現するのでは、と感じています。》

 本番まであと1年2カ月。香取さんはアリーナを見つめ、表情を引き締めた。

 《この施設は本当は使われない方がいいんですよね。収束を願っています。大会までパラスポーツを応援する時間が増えたので、自分にできることをやっていきたい。いつまでも応援を続けていきたいと思っています。》

 山脇会長も続いた。

 《来年は今年予定されていたものより簡素化された大会になる。だからこそ、選手が戦う意味や開催意義といった原点を問い直すいい機会になる。少し立ち止まって、パラリンピックの新たなあり方を示し、その先につなげていければと思っています。》

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