「負けて悔しい思いをすることの方が多い。いつ報われるかもわからんけど」。Jリーグ入りを目指すサッカークラブ「アルテリーヴォ和歌山」のサポーター、井戸俊さん(54)は苦笑交じりに語る。それでも――。「選手、チームと苦楽を共にするなかで、良いこともある」

 和歌山市で生まれ育った。子どもの頃は野球少年。十数年前、Jリーグサポーターだった職場の後輩に刺激され、鹿島アントラーズを応援するように。年に数回、近畿圏のスタジアムなどに足を運び、熱いサポーターが集う「ゴール裏」にも行った。みんなで歌って応援する、一体感に魅せられた。

 ただ、「和歌山にもチームがあれば」と思った。そんな中で見つけたのがアルテリーヴォ。当時は情報が少なく、関心がある人同士でネットの掲示板で情報共有していたぐらいだった。

 アルテリーヴォは、当時J1から数えて8番目のカテゴリーだった「県3部リーグ」からスタートした。練習場が河川敷だったり、試合会場でサポーターの真横で選手が着替えていたり。試合に来るサポーターも数人ほど。決して良い環境とはいえなかったが、選手やクラブとの近さが魅力だった。

 「どれだけかかってもいいから、Jリーグ入りという夢を達成してほしい」と、気づけば週末に試合を見るのがライフワークになった。現在はJ1から数えて5番目のカテゴリーで戦うアルテリーヴォ。井戸さんはクラブ創設からのサポーターの一人だ。

 応援のため、全国各地を訪れる。岩手県で開かれた大会に車で駆けつけ、5日連続で観戦。優勝まで見届けたこともあった。

 忘れられない試合がある。4年前のリーグ戦。同点で迎えたアディショナルタイムで劇的に勝ち越した。得点した選手はサポーターの元へ駆け寄り、喜びを分かち合った。「サポーターって自己満足でやっているわけではない。選手にとって何らかの力に、と思っている」

 声援や楽器の演奏で選手を後押しするという日常は、新型コロナウイルスの感染拡大で制限された。昨年のリーグ戦は開幕が延期され、予定から約4カ月遅れの8月に開幕した。多くの試合で現地観戦はできたが、声を出すことはできなかった。

 「存在意義が感じ取れない」状況だったという。けれど、苦しい時、勢いづかせたい時に、選手、クラブ側が盛り上げるよう求めてくることもあった。手拍子のみの応援。必要とされていることがうれしかった。

 新たなシーズンが4月から始まる。クラブはあと2回昇格すればJリーグという所まで来ているが、10年近く足踏みが続いている。夢はいつかなうか、誰にもわからない。それでも――。「選手、監督、フロント、誰も諦めていない。サポーターが諦めてどうすんねん」。どんな環境であろうと、支える気持ちに変わりはない。(藤野隆晃