八王子市の銭湯に野菜販売所、常連の野菜の目利きがつなぐ
高田誠
2021年12月21日10時30分
東京都八王子市小門町の銭湯「松の湯」に今秋、野菜販売所ができた。「地域ににぎわいを」という銭湯経営者と、「とれたてを多くの人に」との農家の思いが重なった。2人をつないだのは、銭湯を愛する、野菜の目利きのひらめきだった。
住宅街の一角にある松の湯。釜場脇の無人販売所にカブや白菜、ホウレンソウなどが並ぶ。どれも1束100~150円ほど。湯上がり客や通りがかりの人が足を止めていた。松の湯3代目の小嶋宏和さん(50)は「正午前から商品が並ぶのを、3人が待っていた日もありました」と笑う。
11月下旬から、その日にとれた野菜を軽トラックで届けているのは、同市小比企町の「大久保ファーム」の大久保隆さん(62)だ。富士山を望む約80アールの畑で、十数種類の野菜を育てている。
小嶋さんは元自動車メーカー社員。先代で父親の誠さん(79)は5年前、1954年創業の松の湯の廃業を宣言した。すると常連から存続を求める声が上がり、署名は8日間で2600筆を超え、営業を続けることに。小嶋さんは大改修を終えた2019年に退職し、後を継いだ。「定年まで勤めるつもりだったがお客さんの熱意に押された」
後を継ぎ、あらためて気付いたことがあった。子どものころに銭湯の周りにあった駄菓子屋や牛乳屋、豆腐屋、魚屋などの店が消え、住宅などに代わっていた。「銭湯で仲良くなった人と近所で一杯飲んで帰る」と、誠さんが思い出す時代ではなくなっていた。小嶋さんは「街づくりのようなことができないか」と考えるようになった。
一方、大久保家は代々の野菜農家だ。高齢の父親と代わるため、大久保さんは4年前に歯科技工士をやめた。畑の前に無人販売所を置き、客から注文があればその場で野菜をとって手渡した。「味が濃くて甘い」と一度買った人は常連になってくれた。だが、販路がないのが悩みだった。
神奈川県のスーパーで野菜売り場を約25年担当している同市の上野浩一さん(55)は、サイクリングの途中に大久保さんの畑に立ち寄る一人だ。「包丁を入れた時にみずみずしさが伝わり、野菜本来の味もしっかり出ている。何よりも作り手の気持ちのぬくもりが分かる」。先祖が守ってきたという畑の土を触ると、ふかふかしてエネルギッシュな感じを受けたという。なのに「あまり知られておらずもったいない」という思いもあったという。
上野さんは独身時代から松の湯が好きで、結婚後も妻と回数券を使って通うほどだった。ふと、ここに野菜販売所を置いたらどうかと思いついた。「余計なおせっかいかな」とためらいながらも、大久保さんの大根を4本持参して、小嶋さんに提案した。
小嶋さんは「お風呂に来た人にも楽しみになる」と快諾。かつて燃料のまきが置かれていた場所をにぎわい作りの一歩として活用してもらうことにした。上野さんも時には販売所に立ち、おいしい食べ方を客に提案する。「銭湯と農家の接点を作れてうれしい。それぞれの強みを生かして地元を盛り上げてほしい」と話している。
都公衆浴場業生活衛生同業組合によれば、組合加盟の銭湯は11月末時点で479軒。ピーク時の1968年は2687軒、2011年で766軒あった。八王子市内には「松の湯」と「稲荷湯」のみだ。(高田誠)