「黄金のマスク」の前に群がる人、人、人……。令和のいま振り返ると、「超密」な状態だ。

 高度経済成長まっただ中の1965年8月21日。東京・上野の東京国立博物館(東博、トーハク)には午前9時の開館を前に、強い風雨にもかかわらず、徹夜組も含めて1200人の長い行列ができていた。

 古代エジプトの秘宝45点を集めた「ツタンカーメン展」。黄金のマスク、黄金のつえ、金張りのベッドなど、輝かしい遺産がこの日から一般公開された。

 「会場には磁波解説器がどんどん貸し出され、イヤホンから流れる説明に聴き入りながら『黄金のマスク』の前をなんども“巡礼”する観覧者が多かった」(同日付朝日新聞)

 まだ気軽に海外に行けなかった時代。日本にやって来たツタンカーメン王の遺品は、古代エジプトへのロマンをかき立て、51日間の会期中に129万人超が詰めかけた。

 「会期の後半には会場が混雑してゆっくり鑑賞できなかったり、入場までに長い時間お待たせするなど、ご迷惑をかけたことを深くおわびいたします」

 東博での公開が終了した翌日の同年10月11日付紙面には、主催した東博と朝日新聞社の連名で、そんな「お礼とおわび」が掲載された。

■ルーブル「門外不出」の名画来日

 その9年後の74年。ツタンカーメン展をさらに上回る大勢の人が、1枚の名画を見るために東博に押し寄せていた。