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トリコロールの台所(「東京の台所」番外編)
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〈1〉海を渡った、少女の料理本いまも

  

〈住人プロフィール〉
日本語教師(女性)・42歳
戸建て・4LDK サン・ジェルマン・アン・レー市
入居12年・築70年
夫(スペイン人、45歳、農業関連の自営業)、長男(17歳)、長女(15歳)と4人暮らし

    ◇

 今週から始まる番外編「トリコロールの台所」は、フランスから届いた1通のメールがきっかけである。

〈フランスには、フランス人男性と結婚した日本女性、フランス人女性と結婚した日本人男性、日本に住んだことのあるフランス人夫婦、フランス人以外の外国人と結婚してフランスに住んでいる日本人、駐在の日本人家庭、夢を追いかける若者、アーティストなどのいろいろな『フランスの〈東京の台所〉』があります。とくに、祖国を離れて暮らす人々にとって、台所は自分のルーツをいちばん引きずる場所かもしれません。フランスの東京の台所、番外編でぜひ書いていただけませんか?〉

 そして私はひとり、カメラを担いで旅立った。向かったのはサン・ジェルマン・アン・レー市。パリから郊外電車RERA線で30分足らずの街だ。ルイ14世が生まれた城は今も博物館として中心部にある。緑が多く、風光明媚であるだけでなく、パリに近いため高級住宅地としても発展した。

 ひと言で言えば、“気軽に行けるおしゃれな郊外の住宅地”だが、それだけではない。開放的で文化的な、なんともいえない洗練された雰囲気がある。国立のインターナショナル・スクールがあることと関連してそうだ。

 まず、外国人の親子が多い。教科書を入れたリュックを背負い自転車で行き交う高校生もたくさんいる。マルシェも、スーパーもインターナショナルな雰囲気で、誰もが気軽に話しかけてくる。もとは、この地にNATO(北大西洋条約機構)司令本部があり、学校はその子女を教育する施設として始まったらしい。

 そんなわけで、日本人も多いこの街で、私は「フランスの台所」を訪ね歩いた。

    ◇

 1軒目は広い庭にたくさんのフルーツやハーブが茂る可愛らしい一軒家である。住人はアートを学ぶため、19歳で単身渡仏した。

 「ホームステイを経て、初めてひとり暮らしをした部屋はパリのカルチェラタン。(通貨は)まだユーロじゃなくてフランの時代でした。ワンルームで狭いけど、自分でベッドを作ったりして大好きな部屋でした。前の住人が置いていった小さなまな板がなぜかシャワー室の天井の上にあって、今でもパン切り用に使っているんですよ」

 ストレートの黒髪に大きな瞳。15と17の子のママとは思えない若々しい表情が印象的だ。結婚を機にパリの2LDKに移り、その後、子どもの学区の関連でサン・ジェルマン・アン・レーの一軒家に越した。

 「かなり古かったのでフルリフォームをしました。義父が工務店をやっていたので、わがままを言えてラッキーでしたね。台所と玄関との間を仕切っていた壁を取り払ったり、台所の照明には、DIYショップで買ってきたパーツを取り付けました。庭は自分たちで土を盛るところからやったんですよ」

 身内に工務店がいるにしても、想像以上にDIYが多い。できるところは自分たちで、がこちらでは普通のようだ。芝植えもバーベキューの釜作りも自分たちでこなした。もとからあったりんごと洋梨に加えて、カシス、いちじく、ぶどう、ブルーベリー、フランボワーズを自分たちで植えた。

 広々とした庭は、夫と分担して手入れをしている。隅の畑ではトマトを育て、塀の際のローズマリーは小山のように茂っていて、強い香りを放っている。冬をのぞけば、1年中なにかしら果実が実る。朝食に出てきたブルーベリーとイチゴのジャムも庭で採れた自家製である。

 かつては週に4回、お菓子作りをしていた。今は子どもが大きくなり、自分も働き始めたので週に1、2回程度。庭でとれた果実をジャムやコンポートに。マカロン、シフォンケーキ、ティラミス、チョコレートムース……。この日もチョコレートの焼き菓子の作りおきがあった。

 「自分で作れば、農薬がかかったものも避けられますし、安心ですから。でも自分が食べたい!っていう気持ちがいちばん強いかなあ」

 千葉の母親がよくお菓子を作る人で、毎日のおやつは手作りだった。

 「お菓子教室に行っていて、そこで習ったプラムケーキやレーズンサンドもよく作ってくれました。バターが高い時代だったと思うのだけど……。台所は私の城っていう感じで切り盛りしてましたね」

 10歳のとき、母がお菓子教室の先生からマンガ入りの子ども向け料理本を買ってきた。姉がいるため何もかもお下がりだったが、この本だけには自分の名前をサインしてもらっていた。

 「それはそれは嬉しかったですねえ。何よりこの絵が好きでした。マンガもわかりやすいし、〈彼に贈るお菓子〉とか〈ラッピングのしかた〉なんてのも書いてあるの。当時は写真入り料理本なんてあまりなくてね。素朴な2色刷りなんだけど、最高においしそうなんです。最初はマーブルクッキーを作りました。それからひとつずつ、苦手なゼラチン以外は全部作ってみたんじゃないかな」

 パリで初めてオーブン付きの部屋を借りたときからずっと、彼女のそばにある。

 顔の半分はありそうな大きな目のお姫様風少女の絵が表紙。子ども時代に出会ったマンガ入り料理本を大切にしているという人を何人か知っているが、そうか、昭和感がにじみ出るこのキラキラしたお姫さまの本はとうとう海を渡ったか、と感慨深く思った。32年間も人生に寄り添い、食卓に彩りを添え続けてきたというこの本こそ、どんなベストセラーにも負けない価値があるのではないか。

 さて、最近、この本でお菓子を作りたいと、長女が挑戦を始めたらしい。フランス生まれのハーフの15歳に、この本はどう写っているのだろうか。

 「イラストが好きっていうんです。このキラキラした目がいいみたい」

 女の子の夢っていうは、世代が変わっても、国が変わっても同じなのだなあ。そして最初に作ったのはやはりクッキーだったそうだ。

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