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トリコロールの台所(「東京の台所」番外編)
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〈7〉第2の人生は音楽家たちとひとつ屋根の下

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〈住人プロフィール〉
大家(日本人・女性)・54歳
戸建て・7LDK クロワシー・シュール・セーヌ市
入居15年・築33年
下宿人(フルート奏者・女性・30歳)、下宿人(ピアニスト・女性・26歳)との3人暮らし

    ◇

 アメリカの大学院で情報管理学を学んだ。そこで知り合ったフランス人留学生と結婚し、渡仏。22年連れ添った彼と3年前に離婚した。

 長女は日本の企業に就職、次女はイギリスの美大へ留学が決まっていた。そうなると、サン・ジェルマン・アン・レーに近いこの街の、広い庭付き7LDKの家に一人残ることになる。

 「古いし、台所もあちこちガタがきています。次女がイギリスに旅立つのを機に家を手放して、自分も日本に帰ろうと決意しました。すでに家具や荷物もおおかた処分していたんですよ」

 下見のつもりで帰国し、たまたま渋谷に降り立ったとき、思わず声がもれた。

 「あー、だめだ。ここには住めない」

 渋谷は特別ですよ、私だって苦手ですと言いかけたが、桜が木陰をつくり、遠くにバーベキューの窯(かま)や、かつて幼い娘たちが遊んであろうブランコが揺れる芝の庭を見て、言葉を飲み込んだ。彼女は続ける。
 「日本には家族もいるし、食べ物も美味しい。でも、こちらの広さや環境、そして友人たちはなんにも代えがたいものだなあと痛切に感じました」

 ひとりには負担だと思ったこの広さを活かせばいい。フランスに腰を落ち着けて暮らす第2の人生を考え始めたとき、音楽家の多くが部屋を借りられずに困っているという話を伝え聞いた。練習の演奏音のために、住宅密集地のパリで部屋を借りるのは難しい。

 「だったらうちに下宿してもらうのはどうだろうと思ったのです。2階の部屋はたくさん余っているし、隣の家も離れていてここなら好きなだけ練習できる。それに毎日ピアノやフルートの音が聴こえるなんて素敵でしょ?」

 かくして、フルート奏者とピアニストが下宿することに。8月末、次女がロンドンに行った翌日、下宿人たちがやってきた。そうして始まった生活が、想像以上に楽しくて自分でも驚いているそうだ。

 「基本的にそれぞれ自炊で、台所は共同で使います。多く作りすぎれば、おすそ分けしたり、メロンを半分こしたり。女子会といって、夜、外で月を見ながらワインを飲んだりもするの」

 自分の家に他人と暮らすというのはどうなのかと思っていたものの、そこに人がいるというだけでほっとするという。帰宅した時、家に明かりが灯っていると嬉しい。

 「誰かがいるって楽しいなと思います」

 20年間、家族のためにやってきた。仕事も考えたが、小さな子を知らない他人に預けてまではしたくなかった。子育てが自分の全てだったと言い切る。そのことに後悔はないと。

 一緒に暮らしていた頃はしばしば取っ組み合いの喧嘩(けんか)をしたという次女がロンドンに行く前、母に言った。「ママも幸せになるべきよ」。きっとその言葉に、子育ては卒業、次は自分の人生と向きあう番だ、と背中を押されたにちがいない。

 午後のやわらかな日差しが降り注ぐ庭のテーブルで、大好きな紅茶を飲みながら彼女は穏やかな表情で語る。

 「嬉しかったですねえ。そろそろ仕事も始めようかなと考え始めています。パートでもいいの。そうそう、素敵なパートナーも見つけたいですね」

 子どもがいる頃は、料理に明け暮れた。ひじきなどの日本の惣菜もつとめてよく作った。いなくなった今は、インスタントラーメンや、ワインのつまみだけですませることもある。その自由な暮らしが今は楽しい。

 リビングに、お菓子や缶詰、ラーメンやジュースが入った箱と、「お金はここに入れてください」と書かれた貯金箱が置かれていた。

 「ああそれ、我が家の無人販売所です。周囲に店がないので、下宿人さんが困るかなあって思って作ってみたの」

 2人とも喜んで利用しているとか。いい大家さんで助かるでしょうねと言うと、彼女は首をすくめた。

 「私のほうが助けてもらっているのです。一人だったら、韓ドラばっかり見て朝からワインを飲むようなぐうたらな生活をしていたでしょうから」

 言い知れぬ苦労や壁も多々あったにちがいないが、50代で始まった音楽家たちとの一つ屋根の下の暮らし、予想外のセカンドライフには、シンプルなこの言葉が合うとおもった。気分上々!

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