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料理家の台所(「東京の台所」番外編)
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〈4〉なくなるものを毎日作る醍醐味とは

〈4〉なくなるものを毎日作る醍醐味とは

〈住人プロフィール〉
中山智恵さん・41歳・フードコーディネーター
賃貸集合住宅・2DK・世田谷区
入居3年・築年数40年・ひとり暮らし

    ◇

 出身地、北海道でピアノと音楽療法を学んでいた。だが、たまたま友人に連れて行ってもらった料理屋がスタッフを探していて、手伝うことになり、人生が大きく変わった。

 「マスターが美術や音楽に詳しい人で、毎日いろんなお客さまがきました。そこに集まる大人の世界も面白かったし、なによりそのお店の料理が自由ですごかったのです」

 料理番組のフードコーディネーターとして10年関わり、現在は雑誌やケータリングなど表舞台でも活躍する中山智恵さんは、自身にとっての料理のはじまりをそう述懐した。

 その店は定食屋だったが、鯖をカレー風味に煮付けたり、和食の味付けにナンプラーを加えたりする。定食屋は定番の味と思い込んでいた中山さんは、その手の混み方、味つけ、組み合わせの虜になった。

 「ふだんの料理なんだけど、普通のそれと違って毎回発見があるのです。それにあんなに毎日毎日工夫して作るのに、食べたらなくなる。料理ってはかないものだなあと思いました。だからこそ飽きないのだなあと」

 跡形もなくなるのに、工夫と手間をかける。そのはかなさと、毎日作っては食べ、食べては作るという繰りかえしの営みの奥深さに魅かれていったのだと言う。

 一方で、音楽と共通する部分もあることに気づいた。

 「リズム感や呼吸、素材のハーモニーや情感、ライブ感……。料理と音楽って似ているなと思っていました。形にはできない何かが余韻として残るところも」

 そのまま就職をせず、料理の世界に居続けた。
 そして7年後、幼なじみのいる東京に引っ越した。慣れ親しんだ場所を離れ、様々な出会いで自分が培った「大切なもの」を別の世界で膨らませてみたいと思ったからだ。

 だが、実際のところ料理を生業にしたいと考えていたわけでもない。
 当時の心境を、中山さんは「自分でもその“大切なもの”が、ただただ漠然としすぎていて、持て余していました」と説明する。

 上京して間もなく、知人に頼まれてホームパーティーの料理を作っていたところ、その場にいたひとりから、「もし興味があるなら、料理番組の現場に来てみない?」と、声をかけられた。
 聞けば子どもの頃から見ている人気の帯番組である。好奇心もあり、現場に赴いた。

 「当時はフードコーディネーターという言葉も知りませんでした。最初はほんとうにわからないことだらけで。でも、ボスや先輩たちの仕事ぶりが素晴らしくて、何もかもが新しくて、そうしてボスについて無我夢中で1本1本こなすうち気がついたら10年になっていました」

 今は料理家として、雑誌という表舞台に出る仕事もある。
 スパイスやハーブなどを和のテイストに加えるのも得意とする。そのベースには、札幌の定食屋で味わった感動が今もある。また、そのアレンジの幅広さや柔軟性は、番組制作をサポートする裏方として本物の料理を様々な角度から見てきたからこそ生まれるのだろう。

 「東京での10年はあっという間でした。次の10年をどうしようと考えています。私にとっての料理は、日々のことに手間をかけること。そう考えたとき、心に浮かぶものは“懐かしさ”ではないかと思っているのです。“おいしい”と“懐かしい”が結びついた普遍的な料理。それを自分が一番楽しく作れたら良いなって」

 期待に応えよう、もっとがんばろうと走り続けた10年を経て、ほんの少し料理を楽しむ感覚を忘れている自分に気づいた。もっと楽しんでいいんじゃないかと今は思っている。

 色の禿げたトルコのホウロウのやかん。ぺらぺらの薄いインドのさじ。唐辛子の醤油漬け。八角入り切り干し大根のはりはり漬け。中山さんの台所はどこもかしこも懐かしさでいっぱいだ。私はトルコもインドも行ったことがないけれど、それらの質感も色味も確かに不思議と懐かしい。
 そこに立つと、音楽を奏でるように楽しみながら、次なる10年も目指す料理とともに歩む中山さんの姿が容易に想像できるのであった。

台所のフォトギャラリーへ(写真をクリックすると、くわしくご覧いただけます)

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