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「ムーンライダーズ」誕生までの道のり 鈴木慶一(前編)

 はちみつぱい、ムーンライダーズという日本語ロックの先駆的バンドを結成し、40年以上のキャリアを積みながら、いまだ「伝説」に落ち着くことなく新しい音楽を発信し続ける鈴木慶一さん。数々の運命的な出会い、ロックシーンへ躍り出た1970年代を振り返る。(文・中津海麻子)

    ◇

少ない情報をむさぼるように探した

――子どものころの音楽の原体験は?

 ラジオですね。あのころ、ラジオってタンスの上とか、家の一番高いところに置くものだった。そこからラジオの音が降ってくる。音楽に、少年もののドラマに、ニュースや野球も。NHKのラジオ番組「日曜娯楽版」で流れていた三木鶏郎さんの曲はずいぶん覚えていたなぁ。と言っても、それが三木さんの曲だということはかなり大人になってから気づくんだけど。あのころ聴いてた曲で、いまだに解明できていない謎の曲っていっぱいあるんですよ。

 テレビ放送が始まると、洋楽を日本語に訳したバージョンが流れてきて、それを見たり聴いたりするようになりました。そして中学に入学した1964年、エレキブームが到来。ラジオではベンチャーズやビートルズがかかってた。家族はみんな新しいテレビに夢中だから、ラジオを独占できるようになった。タンスの上から下ろして、抱えるように聴いていました。

 最初に自分の小遣いで買ったレコードは、ベンチャーズの「パイプライン」。ビートルズも流行ってたけど、私はベンチャーズのほうが好きだった。「ビートルズなんて女のもんだよ、男はベンチャーズみたいに歌がないほうがいいんだ」なんてね。なんせ第二次性徴期だったから(笑)。

――自分で音楽をやるようになったのは?

 ベンチャーズが持ってるようなギターがほしくなり、おふくろにねだってソリッドギターを買ってもらったんです。1万8千円。あの時代、相当高価でしたよ。よく買ってくれたなと思いますね。楽譜が読めなかったから、完全な独学。ラジオでかかった曲をオープンリールのテープレコーダーに録音して、それを何度も何度も聴いては耳でコピーして、毎日のように弾いていました。
 ところが翌65年、フォークブームがやって来た。で、今度は「アコースティックギターがほしい」と言い出すワケ。これは親戚中から怒られました(笑)。でも、また買ってもらえた。多少は余裕があったんですかね。ピーター・ポール&マリー、ボブ・ディラン……。情報源はやはりラジオ、特にFENはよく聴いたね。ただ、「この曲いいな」と思っても、英語だから断片しか聞きとれない。それを音楽雑誌のヒットチャートの中から当たりをつけて、レコードを買いにいく。はずれも多かった(笑)。少ない情報をむさぼるように探していましたね。音楽雑誌は「ミュージックライフ」と「ティーンビート」の2誌しかなかったような気がする。私はティーンビート派。「写真の多いミュージックライフは女のもんだ、ティーンビートはヒットチャートも載ってるから男のもんだよ」と(笑)。そんな思春期でした。

――ラジオやテレビが貴重な情報源だったんですね。

 今でも忘れられないのは、66年のビートルズ来日。うちは羽田空港に近かったから、周りはものすごい厳戒態勢だった。台風で飛行機が遅れて明け方に到着。その後、都内のホテルに向かう道で夜が明けていく――。テレビのライブ放映の前にその様子が流れていたのが、今も鮮やかに記憶に残ってるね。

 当時はじいちゃん、ばあちゃんにチャンネル権があって、テレビが自由にならなかった。だから、何カ月も前から「7月のこの日はどうかお願いします」「頼むから見せてくれ」って根回しして(笑)。テレビの真ん前にテープレコーダーを設置し、家族に「しーっ!」って言いながら息を殺して録音しました。

音楽を志すきっかけとなった、あがた森魚との出会い

――バンドを組んだりは?

 バンドはやらなかった。高校に入って演劇部に入り、音響を担当するんだけど、私が音楽をやってるなんて誰も気づかなかった。でも、実は高校2年ぐらいからオリジナル曲を作るようになっていたんです。そして3年のとき学園祭で、クラスでミュージカルをやることになった。「じゃあ俺が作曲するよ」と。「え? できるの?」「できます。結構いっぱい作ってるんです」なーんて言って(笑)。それまで作った曲は、このときすべて発表した。全部出し切ってゼロになった。さあ、これからどうしよう……。そう思っていたときに、あがた森魚くんに出会うわけです。

――きっかけは?

 私は高校3年で大学に行かないと決めたので、3学期になるとほとんど学校にも行かず、家に閉じこもってギターを弾いては宅録ばかりしていた。そんなとき、おふくろから1枚のチラシを渡されて。パートで働いていた証券会社に、暇さえあればギターを弾いているアルバイトの学生がいて、「うちの息子もそうだから一度遊びに来たら?」と誘ったようなんです。そのバイトがあがた森魚くんで、チラシはあがたくんが出演するコンサートの案内でした。散々迷ったけど、行ってみようと思ったの。外に出てみよう、と。

 2月、雪が降る中、慣れない電車に乗って御茶ノ水まで出かけて行きました。コンサートには何組か出ていて、どれがあがたくんだかわからなかったけれど、いいなと思った人が2人いて。あとでわかるんだけど、一人があがたくん、もう一人が斉藤哲夫くんだった。

 その後、あがたくんがうちに遊びにきました。ギターを持って歌ってくれた瞬間に「あ、あの人だ!」と。そして意気投合し、二人で何かやろうということに。70年のことです。バイトでお金を貯めては、アルバムを自主製作し、自分たちでライブをやりました。また、あがたくんに引っ張り出され、いろんなところに出かけるようになった。70年は私にとって激動の年で、毎日次から次へといろんな人と出会うので、この1年間だけ日記をつけていたほど。それまで閉じこもっていた世界がポーンと開いて、うれしくてうれしくてしょうがなかったんだね。18歳、19歳の生意気な時期だからポーカーフェースを気取っていたけど、心の中じゃ大はしゃぎ。「すげぇな、ここがスタジオか! はっぴいえんどが演奏してる!」とかね(笑)。

 後付けだけど、歴史はおもしろくできているもんで、自分がどうなるかわからないっていうときに、いつも切れ目なく物事が転がっていった。そう考えると私は非常にラッキーだったと思う。

「はちみつぱい」結成

――その後、バンド「はちみつぱい」を結成します。

 70年にはっぴいえんどが1枚目のアルバムを出して、「先にやられた!」と。で、違うことをやろうと「はちみつぱい」を結成しました。名前は、あがたくんがビートルズの「ハニー・パイ」が好きで、そこからつけた。でも、あがたくんはその後「赤色エレジー」がヒットし、あがたくんのサポートバンドとしてスタートしたはちみつぱいも多忙になっていった。

 しばらくメンバーは出たり入ったりで流動的だったけれど、71年になると、はっぴいえんどのスタッフを通じて事務所に入ることができた。また、渋谷の百軒店にあるロック喫茶「B.Y.G」に定期的に出られるように。そうして、だんだんバンドとして固まっていきました。とはいえ、はちみつぱいの活動だけだと収入に限度があった。そこで、アグネス・チャンのバックをやりました。アグネスは香港生まれなので、ライブも半分ぐらいは洋楽だったからやりやすかったんだよね。おかげで、すべての都道府県を回って、香港にも2回行きました。
 で、翌年もアグネスのバックバンドをやることになったんだけど、その前にはちみつぱいが解散してしまった。そこで、新しいバンドを結成した。それがムーンライダーズです。
後編へつづく

    ◇

鈴木慶一(すずき・けいいち)

 1951年、東京生まれ。72年「はちみつぱい」結成。75年、はちみつぱいを母体に、弟、鈴木博文らが加わり「ムーンライダーズ」を結成し、翌76年、アルバム「火の玉ボーイ」でデビュー。
 70年代半ばから、アイドルから演歌まで多数の楽曲を提供。また、「いまのキミはピカピカに光って」(コニカミノルタ/1980年)、「きいてアロエリーナ きいてマルゲリータ」(マンナンライフ/2001年)など、膨大なCM音楽を作曲している。任天堂のゲーム「Mother」(1989年)、「Mother2」(1994年)の音楽は、今もなお多くのファンをもつ。北野武監督映画「座頭市」(2003年)、「アウトレイジ」(2010年)などの音楽も担当。
 高橋幸宏と組む「ザ・ビートニクス」など、様々なアーティストとユニットを結成。2013年には、元カーネーションの矢部浩志らと「コントロバーシャル・スパーク」を結成した。
 2015年、24年ぶり完全ソロ名義のアルバム「Records and Memories」と、全キャリアを網羅した3枚組「謀らずも朝夕45年」をリリース。

【ライブ情報】
「Moonriders Outro Clubbing Tour」
10月6日(木)愛知県 ell.FITS ALL
10月9日(日)東京都 新宿LOFT
10月10日(月・祝)東京都 新宿LOFT
10月13日(木)大阪府 Music Club JANUS
10月15日(土)香川県 高松オリーブホール
11月9日(水)京都府 磔磔
11月11日(金)石川県 金沢市アートホール

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