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<18>屋上で、花火を見上げながら ~匣 HAKO HOSTEL AND BAR(後編)

>>匣 HAKO HOSTEL AND BAR(前編)から続く

 30代から40代にかけて外資系企業で働いていたイノウエさんは、「雇用される生き方をやめよう」と決意したものの、特別なスキルがあるわけではなかった。今から自分で起業するにしても、一体何ができるのか……。

 「実は最初、駄菓子屋をやろうと思ったんです。子どもたちが集まってきたら楽しそうじゃないですか。それで、さっそく駄菓子の卸価格などを調べたんですが、ビジネスとしては厳しいことがわかりました。じゃあ、大人向けの駄菓子バーをやろうと思いついたんですが、調べたらすでにあったので、何だつまらないなあ、と思ってそれも却下(笑)」

 自分には何ができるんだろう……。あれこれと過去の経験を反すうしているうちに、ふと “旅”というキーワードが浮かんできた。

 「そういえば、旅は人一倍してきたなあと思い出したんです。宿ならたくさん泊まってきたし、私でもできるかも!と」

 とはいえゲストハウスで働いたこともなければ、経営経験もない。すべてにおいて知識ゼロからのスタートだった。

 「私、旅館業法の存在さえ知らなかったんですよ。とりあえず保健所に電話をかけて、『宿ってどうやって造ったらいいんですか?』と聞いたら、『ホテルですか、旅館ですか、簡易宿舎ですか?』と逆に質問されて。え、簡易宿舎ってなんですか?っていうレベルでした(笑)」

 そこで、保健所から聞いた“簡易宿舎”というキーワードをネットで検索し、そこから徹底的に自力で調べ始めた。これまで泊まった宿に電話をし、どうやって開業できるのかも聞いた。調べれば調べるほど、法律が厳しく、簡単にできるものではない、というのもわかってきた。中でも一番大変だったのは物件探しだった。

 「お金、立地、法律などいろいろな条件がありますが、最難関は家主の許可でした。年配の方が多いので、外国人向けの宿にすると言うと、なかなか理解してもらえなくて。70軒ほど調べて、内見したのが40軒。そのうち家主がOKしたのは4軒でした。あと建物自体の検査証も必要で」

スキューバ仲間やフェイスブックのつながりに助けられた

 そして、数々の条件をクリアして出会ったのが、今の建物だった。両国にはまったく縁がなく土地勘もなかったが、見に行ってみたら、角地で屋上があり、日当たりもよかった。これならできる。

 イノウエさんは会社を辞めると、まずは法人を設立した。株式会社を作ってその信用を担保にお金を借りようという計画だった。経験なし、前例なし(ゲストハウスという分野への公庫融資)だったが、幸運にも資本金の2倍額という融資を受けられた。

 しかし、一難去ってまた一難……。家主の許可はとれたのに、今度は近隣住民の反対があった。

 「当初は、地域の自治会に受け入れてもらえなかったんです。特に隣の分譲マンションの方には、管理組合と居住者向けに宿のプロジェクトのプレゼン資料を配って、説明会を開催したり、歴代の自治会長さんのお宅へごあいさつに行ったりしなくてはいけませんでした。『子どもたちが外国人に誘拐されたらどうするのか』と問われ、防犯カメラの設置を求められたりもしました」

 ようやく合意がとれ、工事を始めようとすると、今度は大工さんがつかまらない。すぐにでも始めたいのに、工事に取りかかれないまま数カ月待たなくてはいけなかった。

 改築は、基本的なところは大工さんにお願いしたが、掃除やペンキ塗り、家具造りなど、できるところは自分でやった。趣味のスキューバダイビングの仲間たちが、毎週末手伝いにきてくれたのがありがたかった。また、フェイスブックでボランティアを募ると、全国からもお手伝いが集まってきた。そして2015年7月、構想から1年ほどで「匣 HAKO HOSTEL AND BAR」が誕生した。1階は宿泊客以外も入れるバーで、2階、3階がドミトリー。屋上にはテラスがあり、夏の隅田川花火大会は、真上に花火が見えるという。

ラウンジを改築して、再出発

 「雇用される生き方はやめる」と47歳で退職し、新たな分野で起業をしたイノウエさん。「会社員をやっているよりはるかに楽しいですね。経営者としての責任感はありますが、会社勤めより充実しています」と話す。

 開業から1年半。ふらりと立ち寄ってビールを飲んで行く地元のお客さんも増えてきたが、もっと地元で認知されるようになるのが目標だ。2月中旬には内装工事を終え、3月には1階のラウンジを改築、「Guesthouse Fete(ゲストハウス フェイテ)」という名前で再出発する予定だという。

 「すでに働いている若い人に支配人になってもらうので、新しくフレッシュな変革になると思います。まずは1階のカフェを充実させ、地元の人と宿泊ゲストの交流が生まれる仕掛けがたくさんできるはず。さらに体験型のツアーを企画実施していく予定で、自分はファウンダーとしてアドバイスしていくかもしれません。投資家にオーナーを譲渡する形で、自分がこの先経営から離れていっても、ますます進化していってほしいですね」

 イノウエさんはそう話す。

 「行き当たりばったりで、リスクも考えずに突っ走ってしまうところがあって……ときどきイタイ思いをしてます」と苦笑するが、その行動力も才能だ。“突っ走った”後にはしっかりと足跡が残っている。

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