食いしん坊になったきっかけは誰? 『こいしいたべもの』

突然、誰かに「幸せって何?」と質問されたら、あなたはどう答えますか。森下さんは、こんな風に答えています。家族で出掛けたゴールデンウィークの帰り道、父親が「今夜は、みんなで何かうんまいものを食おう」と言った“あの日の夕方”と。そしてその時、薄明るい夕日をバックにして、目の前15センチくらいのところに「幸せ」がぽっかり浮かんで見えたそうです。
この一文を読んだとき、とても幸せな気持ちになったのは、やはり、私も「食いしん坊」だからなのだとつくづく思ったのです。
家族と共に、ご飯を食べる幸せ
「食いしん坊」のそばには、その資質を持つきっかけになった人が、必ず身近にいると思いませんか。それは、親だったり、祖父母だったり、友人だったり。はじめは、おいしいものを運んで(作って)来てくれる人がいて、大人になると、「おいしい」を求めて外食をしたり、自ら作るようになるわけです。
「食べたもの」を思い出すとき、そこにはいつも人を感じるように思います。そして、季節や空気、温度、香りまでも想起させます。
森下さんの食べ物の描写は、とても丁寧で温かみを感じます。忙しさにかまけて、気づかず通り過ぎてしまうことを、両手でそっとすくって見せてもらっているような感覚になるのです。
食べ物の話題は、誰とでも話せる共通言語です。一緒に食べたことはなくとも、同じ食べ物を食した体験があるからです。その人それぞれに、「おいしい」思い出が詰まっています。
昭和30年代生まれの森下さんは、自分は幸せな時代に生まれたと言います。家族みんなで、ひとつの食卓を囲んでいた特別な時代だったと。そして、それがだんだんと終わりに近づいてきているのではないかと心配もされています。
「家族と共に、ご飯を食べる」その幸せな時間がいつまでも続きますように。つつましやかな時間の中にこそ、本当に大切なことがあるもの。その感覚を忘れないことが、大事だと伝えてくれているように思います。

おおかわ・あい
柏の葉 蔦屋書店 食コンシェルジュ
書店・出版社で、主に実用書や絵本の担当を経験。本に囲まれている環境が、自らにとって自然と感じる。