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東京の外国ごはん
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ペルー料理がおいしい理由 ~アルド

  

ペルー料理がキテる! とささやかれ始めたのは、今から5、6年くらい前だろうか。2013年の世界のベストレストランにペルーの店が2軒ランクインし、スペインの「エルブジ」の天才シェフ、フェラン・アドリアが次に仕掛けるのはペルー料理店らしい……という話題が出始めていた。その頃、私はひそかに「あったり前じゃん!」と思っていた。なにしろ、私はことあるごとに「南北アメリカ大陸で一番おいしいのはペルー料理である!」と友人たちに言い続けていたのだ。 本当にペルー料理はおいしいんです。

個人的な話で恐縮ですが、私は南米にはいろいろと縁がありあちこちの国を旅し、ペルーに1年、ブエノスアイレスに数カ月住んでいた。もちろんどの国にもおいしいものがあったが、食材や調理法のバラエティーなどを見ると、やっぱりペルー料理が群を抜いているのだ。

なぜか? まずはその地形。ペルーは日本の面積の約3倍の大きさで、太平洋沿岸の“コスタ(沿岸部)”、アンデス山脈の“シエラ(山岳部)”、アマゾン川流域の“セルバ(アマゾン)”にわかれる。だから魚介類、野菜(ジャガイモ、トウモロコシ、トマトなどはアンデス原産)、フルーツなどとにかく食材が豊富だ。

そしてその文化のミックス度。先住民のインディヘナ、スペイン人、黒人、中国人、日本人、イタリア人……と多民族なのでさまざまな調理法が独自の発展を遂げた。

しかも。16世紀には当時世界最大のインカ帝国があり、植民地時代はペルー副王領が設立されてラテンアメリカ支配の本拠地となっていた。ということは……当時の権力者がペルーに集まっていたということ。当然、腕のいいコックも本国から連れてきていただろう。金と権力のあるところには美食も必ずある……というのは私の推論にすぎないけれど、権力者たちがまずいものを食べていたとは思えない。この3つの要素を見ただけで、おいしいものがあるのは当たり前、と思えてきません?

そんなわけで、友人に「おいしいペルー料理屋がある」と聞き、数日後にはさっそくそのお店を訪ねた。それが、2016年、表参道にオープンした「ALDO(アルド)」だ。

かわいいアルパカがお出迎え

表参道駅から徒歩1分。こんなおしゃれな場所に? と思いながら歩いていると、赤と白のペルーの国旗が見えてきた。入り口にはかわいいアルパカの置物が。階段を下りて扉を開けると、店内はすでにほぼ満席だった。

最初にいただいたのは、ペルー料理といえばまずこれ「魚介のミックスセビッチェ」(1750円)だ。魚介はブリ、タコ、ホタテ。それらをレモンと香辛料でマリネにし、チョクロ(トウモロコシ)や紫タマネギ、パクチーと混ぜ、サツマイモ、カンチャ(大粒のトウモロコシを素揚げして塩をまぶしたもの)を添えて食べる。ふわっとパクチーの香りとともに酸味の香りが鼻腔(びくう)を刺激する。さっそく口に運んでみると……なにこれ! 今まで食べてきたセビッチェの中で一番おいしい。ブリがセビッチェにこんなに合うなんて新鮮だった。酸味はそれほど強くなく、魚の味もしっかりと感じられる。

「ペルーでは白身魚を使うことが多いんですが、日本でいろんな魚を試した結果、ブリが一番おいしかったんです。ブリがないときはイナダなどを使っています」

オーナーシェフのアルド・ヘスス・ウラタ・ロスタウナウさん(47)は、忙しくキッチンで手を動かしながらそう言った。

そしてお次はペルーの国民食、「アンティクーチョ」(900円)。牛ハツをスパイシーなタレに漬け込み、焼いたものだ。焼き鳥のようだが、一つ一つのお肉が大きい。ナイフで切って口に入れると……跳ね返るような弾力。ジューシーで、たまらない。ビールのおつまみには最高だろう。添えられた2種類のソースは、激辛の赤い唐辛子ソースと、控えめな辛さの緑のコリアンダーソース。ペルー人には赤いソースが人気だとか。

そして最後は「ロモ・サルタード」(1650円)。こちらもペルーでは、どこの食堂にも必ずある定番。牛肉、トマト、玉ねぎ、フライドポテトなどを一緒に炒め、醤油(しょうゆ)を使って味付けをしたものだ。

「もともとは中国系の移民の影響でできた料理だと言われています。だから醤油(しょうゆ)を使っているんです。ポテトは一度揚げないといけないし、大鍋で強火で調理するので、家で作るのは大変。だから、ペルー人は食堂に行くとよく頼むんですよ(笑)」

ご飯と一緒に食べるので、これだけでボリューム満点。日本人が食べても「日本食?」と思えるほど違和感のない味だ。日本人で嫌いな人はおそらくいないはず。

カウンターから人懐っこい笑顔で話しかけてくれるオーナーシェフのアルドさんは、ペルー中西部の街、チンボテ(Chimbote)生まれ、トルヒーヨ(Trujillo)育ち。名前に「ウラタ」とある通り、日系ペルー人3世だ。

「祖父が日本人で、富山県出身でした。戦後の混乱期にペルーに移住し、祖母と出会ってから料理を学び、ペルー料理のレストランを開いたそうで、母が店を継ぎました。だから私はいつもおいしいものを食べて育ったんです」

アルドさんはそう言ってにっこり笑った。料理を専門的に勉強したことはないが、忙しい母の代わりに料理をするようになり、家庭で自然に技術を習得した。母方の祖母はアフリカ系ペルー人で、彼女も腕のいい料理人として有名だった。そう、料理家の血筋なのだ。

  

そんなアルドさんが日本に来たのは今から25年前の、1992年のこと。料理をするためではなく、多くの日系ペルー人がそうであるように、出稼ぎ労働者としてやってきた。

「もともとはリマの大学で医療技術を勉強していたんですが、90年代初頭のペルーは不況で、テロも多くて治安も悪かったんです。そんなとき、日本の入管法が改正されて、日系人が日本で働きやすくなりました。私のまわりでも友人や親戚が日本に出稼ぎに行くようになり、『よかったよ』というので、自分も行ってみようと思って」

アルドさんは大学を退学。最初は1年だけ日本で働き、お金を稼いで帰ってくるつもりだった。

「出稼ぎ」といえば自動車工場で働く人が多いが、アルドさんが向かったのは、福島県郡山市のパーキングにあるフードコートのラーメン屋さんだった。来日するための書類を準備してくれたのは父の友達だったが、彼の親族が日本で飲食業を営んでいたのだ。「料理が得意なら、工場よりも飲食業の方がいいんじゃないか」と言われ、その助言に従った。ラーメンのセクションに行ったのはたまたまだった。

しかし、やはり車の工場の方が稼ぎはいい。仕事自体は楽しんでいたが、工場で働いていた叔父やいとこに説き伏せられ、8カ月後には東松山の工場へ移ることになった。

その後一度ペルーへ戻り、3、4カ月後に再来日したときは、東京郊外の自動車工場へ。「初めての東京勤務だったから楽しかったよ」とアルドさんは言うものの、勤務時間は残業を入れて平均14時間ほど。週末も仕事が入ることもあり、休みはほとんどなかった。大変さとは引き換えに、それなりに貯金もできたのがうれしかった。

人生を変えた運命の出会い

そんな折、アルドさんはたまの休みには四谷にある聖イグナチオ教会のミサに行くように。スペイン語のミサがあるので、あちこちから外国人が集まり、情報交換の場にもなっていたのだ。そのミサ通いが、その後のアルドさんの人生を大きく変えることになった。

たいていミサの後には友人と近くのレストランに行くのだが、そこで出会った日本人女性と結婚し、子どもが生まれたのた。その辺りから、アルドさんの仕事に対する考え方はがらりと変わり始める。

「出稼ぎのときは稼ぐことが目的で、いずれペルーに帰るつもりだったから、仕事内容は割り切っていたんです。でもずっと日本に住むとなると違う。腰を据えて働くなら、やっぱり自分の好きな仕事をしたいと思って……。偶然なんですが、妻の実家も四谷で有名なカツレツのお店「カツレツたけだ」を営んでいます。お店を継いだ義兄と話しているうちに、僕自身もやっぱり料理をやりたくなって。そこから僕の料理人としてのキャリアが始まりました」

まず飛び込んだのは、原宿にある有名なメキシコ料理店の老舗、「フォンダ・デ・ラ・マドゥルガーダ」。そこを選んだのは人気があったから。せっかくゼロから学ぶなら、それなりのところで学びたいという意気込みがあった。

2年半ほどでキッチンやフロアなど一通りの仕事を学ぶと、今度は恵比寿にあるメキシコ料理屋「El Rincon de Sam」へ。ここで始めてシェフとして働いた。その後、表参道の有名ブラジル料理屋「バルバッコア」やテクス・メクス料理の「ZEST」など、あちこちのレストランを2、3年ごとに渡り歩き、新しいことを学びながら、地道に経験を積んだ。

「いつか自分のペルー料理のお店を持ちたい」というのは長年の夢だった。そしてようやくチャンスが転がり込んできたのが、2015年のこと。

「たまたまこの物件が出たんです。ここは20年以上トルコ料理店だったんですが、他の店舗が忙しくなりこの店舗を閉めることになったようで。オーナーが義兄の友達だったことから、僕に話がきたんです。ちょうど貯金もたまってきていたし、時間的余裕もあったので、すぐに店を見に行きました。そしたらすごくいい場所で、即決です」

まさに機が熟したのだろう。アルドさんは十分に経験を積み、資金的にも夢が実現できるタイミングだった。物件を見てから半年後には「ALDO」をオープンすることができた。

「回り道をしていろいろな経験をしてきたけれど、すべてに意味があったと思います。下積みをつんだからこそ、自信をもって仕事ができているので。やっぱりお店を開くには、単にお金があってもだめ、経験だけでもだめなんです。その両方がないと難しい」

アルドさんは、小さいキッチンで次々に料理を作りながら、同時にお客さんたちにも目を配っていた。「パクチーが好きか嫌いか」「辛い味が好きか嫌いか」、ちょっとずつ反応を観察する。料理の合間にできるだけお客さんともおしゃべりをする。それは小さいレストランだからこそできることだろう。

「ここではお客さんの反応が直(じか)に返ってくるし、すべて自分の責任です。小さいお店だけど、東京で一番のペルーレストランになりたいですね。目指しているのは、安くておいしくて、しかもヘルシーな料理。コンロ2つ、自分ひとりで切り盛りしているので、毎日かなり大変ですが、仕事が終わると満足感でいっぱいです。一番うれしいのは、お客さんが『おいしかった』と言って帰っていくとき。どんなに大変でも、また頑張ろうと思えます」

「これまでの人生、自分は本当にラッキーだった」と言うアルドさん。長年の夢がかなった今、新たな夢は「もうちょっと大きいレストランをもう一つ持つこと」だそう。根気強く一歩一歩進んできたアルドさんなら、きっとそう遠くない将来、実現するはず。

>>写真特集はこちら

■ペルー料理&バルALDO(アルド)
107-0061 東京都港区北青山3-6-26第5SIビルB1F
電話:03-6427-7223
http://baraldoperu.favy.jp/

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