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本を連れて行きたくなるお店
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システム化せずに時代に逆行、一人のシェフが目の前で調理する“たった8席”の中華料理屋「hugan」

  

 カフェや居酒屋で、ふと目にとまる、ひとり本を読んでいる人。あの人はどんな本を読んでいるんだろうか……。なぜその本を選んだのだろうか……。

本とお酒を愛する編集者で鰻オタクの笹山美波さんが、本の中の物語が現実世界とつながるような、そんなお店に連れて行ってくれます。

「中華料理って美味しいんだけど、量が多いから一人だと色々食べられないんだよな。でも今日は4人いるからたくさん頼んじゃうぞ」、友人はそう言うと、メニューに並ぶ料理を次々に注文していった。

突然中華料理が食べたくなると、友人に誘われ初めて中華料理屋へ飲みに行った時のことを決まって思い出す。丼物や定食ではなく、ピータン豆腐やよだれ鶏など、初めて見る一品料理にワクワクしたのを覚えている。加えて、凄くお腹いっぱいになったことも。

そう、ひと皿の量が多く油をたくさん使う中華料理は、少人数で食べに行くにはハードルが高いのが難点なのだ。そもそも中華料理にボリュームがあるのは、大人数でシェアして、満足するまで食べてもらうのを前提にしているためと聞く。当然一人で食べ切れるはずがない。

けれども、「作ってくれた方に申し訳ないし、勿体ない」から、つい無理して完食してしまいがちだ。だが歳を取ってくると、昔なら幸せに感じていたはずの満腹感が、辛い胃もたれへと変化するようになる。情けないと思いながらも、だんだんと中華料理屋からは足が遠のいていた。

そんな状況に革命を起こす、1人で毎日でも通いたくなる中華料理屋を見つけた。月島で飲んだ帰り、もんじゃ焼き屋が並ぶ街に2017年6月にオープンした、8席ほどの小さなカウンター中華のお店「中華とワイン hugan」だ。

おひとりさまが楽しめるカウンター中華「hugan」との出会いは、中華料理と私をぐっと近づけた

お店はダイニングバーのようなモダンな雰囲気

お店はダイニングバーのようなモダンな雰囲気

カウンター8席にテーブル席1つのこぢんまりとした広さが落ち着く

カウンター8席にテーブル席1つのこぢんまりとした広さが落ち着く

huganの料理は「出来る限りヘルシー」にしているため、くどくなく、さらっと食べられる。それに、ワインと一緒に楽しめるよう、辛さは控えめにされているのもありがたい。さらに、ボリュームに不安があれば「半人前」に量を調整してくれる。これなら一人でもいろんな料理を気軽に試すことができる。

行くたび新しい発見があるのも、私がhuganに魅了された理由の一つだ。旬の素材を使った季節のメニューは、あれもこれも頼みたくなる。頻繁に変わる自然派ワインのリストは、中華料理のパンチに負けない個性派ぞろい。メニューにはないが、日本酒も用意している。刺激がいっぱいで、何度訪れても飽きることがない。

ご夫婦で営業しており、奥さんが接客を手伝う時間もあるが、多くの時間はオーナーの鶴岡さん(28)が1人でお店を回している。だが、料理を良い状態で提供するため、手間はかかるが「可能な限り作り置きしない」強いこだわりがある。例えば餃子なら、オーダーごとに生地を伸ばして皮を作るところから準備する。

調理する様子を間近で見られるのはカウンター中華ならではの魅力

調理する様子を間近で見られるのはカウンター中華ならではの魅力

モチモチ、カリッカリな皮と、ジューシーなのにフワッフワな餡がたまらない「焼餃子」は半人前で2つ(写真左)。「シューマイ」(左から2番目)も、注文を受けてから包んで蒸して提供。これも半人前。少しだけいただいた「腸詰め」(右から2番目)は、かむとうまみとスパイスの香りが広がる。「オレンジワイン」(右)は、辛味を抑えながらもガツンと痺れるhuganの料理にぴったり

モチモチ、カリッカリな皮と、ジューシーなのにフワッフワな餡がたまらない「焼餃子」は半人前で2つ(写真左)。「シューマイ」(左から2番目)も、注文を受けてから包んで蒸して提供。これも半人前。少しだけいただいた「腸詰め」(右から2番目)は、かむとうまみとスパイスの香りが広がる。「オレンジワイン」(右)は、辛味を抑えながらもガツンと痺れるhuganの料理にぴったり

メニューにない日本酒は、中華料理の刺激に負けない「ちょっと変わったもの」

メニューにない日本酒は、中華料理の刺激に負けない「ちょっと変わったもの」

こだわりは食材選びにも。まとめて一括の仕入れはせず、有機野菜をはじめ、素材ごとに信頼した仕入れ先にオーダーし、都度状態の良いものやおすすめの食材を提供してもらうようにしている。また、魚市場や地方のお店に直接出向き、自分の舌と目で見て確かめ、定期的に必要な分だけ確保している素材もあるという。

「酔っ払い牡丹海老」は季節のメニュー。ねっとりとしたエビに、柚子の香りが爽やか

「酔っ払い牡丹海老」は季節のメニュー。ねっとりとしたエビに、柚子の香りが爽やか

効率化と競争社会――近代化の裏にある悲劇と、生き物らしさに欠ける人間の精神性

huganに出会ったころ、私は農業経済学者の藤原辰史・京都大学准教授の新著『戦争と農業』を読んでいた。この本では農業の技術進歩から歴史を紐解くと見える「不自然な状況」について語られている。

例えば、かつては何頭もの牛や馬を利用して田畑を耕していたが、1892年にトラクターが開発されてから、その役割は取って代わられた。牛や馬は生き物なので膨大な飼料代がかかるうえ、長時間連続的に作業させ広域を耕すこともできず、パワーのない人には対応できないといった数々の問題をトラクターは解消し、農業従事者の高い評価を得た。ただ、家畜がいなくなった結果、糞尿を利用して堆肥を作ることができなくなってしまう。

この問題を解決するために化学肥料の研究は進む。遂には鉱物資源に依存せず、空気中に80%も含まれる窒素を使ってアンモニアを作る技術を開発し、多種多様な肥料の生成を可能にした。日本でも戦前から国策としてこの製法を農業に用いたが、後に製造を担う企業が水俣病を引き起こすことに。化学肥料と水俣病に直接の因果関係はないにせよ、著者はこれを、多くの人口を養えるようになった近代化の影で、利便性への欲望や競争意識が引き起こした「悲劇」と批判している。

化学肥料と合わせて、害虫や病原菌から作物を守る農薬も瞬く間に世界に広がった。だが、生態系に与える影響は深刻で、例えば、最近日本で突発的に発生しているミツバチの全滅の原因は農薬であると言われている。

さらに、これらの農業技術は戦争とも深い結び付きがある。トラクターは戦車に、化学肥料の製造技術は火薬に転用された影響で、第二次世界大戦は酸鼻さを極める事態となった。「トラクターに乗っていると、土壌中の湿気と微生物たちの活動に注意を払いにくくなる」ように、戦車の中にいれば、戦場で銃撃を散々浴びせる罪悪感や、腐敗した死者の臭いに苦しむことも少ない。利便性への欲望と競争意識が、地球に生きる生物としての「身体感覚」を鈍らせた。戦後には、ナチスで使われた毒ガスが農薬に変身するほどだ。
世界的に人口増加して行くなか、その分の食料も確保していかなければならない。テクノロジーのおかげで美味しくて安全な食事が安定的に得られる未来があるなら、大変ありがたいものだ。だがその代わりに、高度に効率化された生き物らしさのない社会が待っているなら、それは歓迎し難い。

過剰な妄想かも知れないが、作物の製造や調理作業に人間が関与しなくなることで、生態系が危険に晒されるような技術を機械が施す「身体感覚」を失った料理ばかりを食べる日が来たり、自分がそんな料理も「安全で安くて美味しければ良い」と意見するような人間にいつかなるかもしれない。そんなの、味気ないどころか、物悲しくて仕方がないじゃないか。

huganのお客さんの笑顔と信頼の裏には、「身体感覚」の伴うサービスがある

正直、『戦争と農業』を読んで、気持ちが少し鬱々としてしまっていた。近代化の裏に隠された驚愕の事実におののき、未来に不安を感じたからでもあるが、私はすでにコンビニのお弁当など、誰がどう作ったか知らない食べ物を、「安全で安くて美味しい」とほとんど毎日何も考えず口にしているのに気がついてしまったのも大きい。もしかすると、前述で憂えたような料理が知らずに提供されても、何も感じないかもしれない。自分にがっくりくる。

けれどもhuganに出会えたことで、救われた思いになった。huganでは、オーナーの鶴岡さんが労力を惜しまず調達した納得いく食材を、作り置きもせず、たった一人でお客さんの目の前で調理し提供している。食材や調理のこだわりはお客さんにしっかりと見せ、説明もしてくれるので、食材がお店にやってきて、料理として提供されるまでの流れがはっきり想像できる。そうやって丁寧に接客するため、対応できる人数のお客さんしか迎えない。

食べれば必ず汗だく、でも笑顔になれる「正宗麻婆豆腐」

食べれば必ず汗だく、でも笑顔になれる「正宗麻婆豆腐」

鶴岡さんの「身体感覚」を伴うサービスがそこにはあり、お客さんとの信頼関係を着実に築いている。こんなお店を好きになったのだから、まだ私にもちゃんと「身体感覚」が残っているに違いない。このお店にいる人皆もそうだろう。

飲み会の帰り道、たまたま見つけた下町の小さなお店のカウンターに並ぶお客さんの幸せそうな笑顔に、これからも残って欲しい食の未来の姿を見つけた。

中華とワイン hugan
東京都中央区月島3-12-7
18:00〜0:00(L.O.23:00) 日曜定休

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