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東京の台所
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〈163〉別居婚をしながら親を看る、新たな局面へ

〈住人プロフィール〉
フリーライター・45歳(女性)
分譲マンション・1R・丸ノ内線 新宿御苑前駅(新宿区)
入居13年・築年数36年・ひとり暮らし(別居婚)

歳を重ねると
細かいことが気にならなくなる

 176センチの身長に合わせてシンクを高くし、一面ロイヤルブルーで統一。デザインも収納も導線も、ありとあらゆる夢を詰め込んで、夫と家を建てた。
 結婚1カ月。突然、結婚生活が破綻(はたん)した。
 「私が浮気をしたので自業自得です」
 机とパソコンと猫1匹。着の身着のまま家を出た。新宿に小さな部屋を借りると、ライターの先輩や友達がひっきりなしに訪ねてきた。

 「いらなくなったアイロンや洗濯機、掃除機、コーヒーミルにゴミ捨て場で拾ったガラスのテーブル。みんながもってきてくれて。ありがたかったですねえ。突然の離婚で、口座にお金はないし不安だったけれど、友達と来月の仕事だけはある。だからなんとか来月は暮らせるだろう。そんな思いだけでのりきっていました」

 一戸建てから1Kのアパートに住まいは縮小。足すのではなく、引き算の生活に一変する。
 1年後、合コンで知り合った不動産業者に破格の値段で新宿の古いマンションを仲介してもらい、購入した。縦に長いワンルームで、仕事場と自宅を兼ねる。
 「住まいを縮小していくと、自然に“足るを知る”というのがわかってくる。食材はほとんど生協でまかなって、1週間で使い切ります。味噌汁やピクルスは作り置きして3~4回続けて食べる。ひとりなので、複雑な料理は作らず煮込むだけとか漬けるだけですが、このくらいでちょうどいい。前の結婚であれほどこだわっていた台所も、歳を重ねるごとに、コンロが2穴とか狭いとか細かいところはどうでも良くなってきました」

 仕事、友達、酒、自分で作った簡単な料理があれば十分。だが、新宿のど真ん中に住んでいながら、ひとりでは外食をしない。
 「ひとりだといろんな種類を食べられないし、サラリーマンのおじさんたちの間で気を使いながら縮こまって食べるより、自分で好きなものを作って、食べ終わったらコーヒー飲んで、窓際でのんびり煙草を吸えるほうがいい。昔はホットプレートを持っていたんだけど今はないんです。でも、ないならないで暮らしていけて、不便がないんですよね」

恋人は故郷へ

 ひょうひょうと自由を謳歌(おうか)している彼女に恋人ができたのは13年前のこと。
 しかし飲み屋で知り合った彼は、実家を継ぐため故郷に帰らねばならなかった。
 そこで2人が選んだのは別居婚である。
 「スカイプで毎日話をしますし、2~3カ月に一度彼が泊まりに来るときは、料理が得意な彼が朝からオムライスを作ってくれる。私と違って完璧にきれいに仕上げるんですよね。もともと生活サイクルが真逆なので、このスタイルがお互いに無理がなくてちょうどいいんです」
 いっけん豪快でサバサバしたキャラクターだが、おそらく本当は細やかな神経の人だ。取材中に夫からかかってきたスカイプで、さりげなく彼の体調を気遣っていた。自分たちの勝手なスタイルを「義母はきっと思うところがあるはずだ」と、そのときだけは一瞬表情が曇った。
 「義母は穏やかでいい人なんです。私、大好きで」と。

 両方の実家から2時間。
 最近、自分の父が倒れ、介護していた母が初めて電話で弱音を吐いた。
 「お父さんがあんな状態で、どうしたらいいのかわからないのよ。絶望感しかないの」
 友達の家で宴会真っただ中だった彼女は「ちょっとごめん」とタクシーに飛び乗り、母のいる千葉まで駆けつけた。
 「昭和の女って厄介ですね。我慢しちゃってなかなか弱音を言わないから」

 どんなに自由に生きていても、誰にも老いは来て、介護に直面する場面が来る。今の家を拠点に、彼の実家と自分の実家をどう渡り合うのか、その先が気になるが、2時間という距離が救いにもなっている。いまは実家にとって「わたしの出番なんだと思っています」。
 歳を重ね、優先順位が仕事や自分の生活から変わりつつあるのを自覚している。
 取材の前日、実家に行ったら久しぶりに母がふきのとうとしらすの天ぷらを揚げていたという。
 「揚げ物ができるくらい回復したんだと思ったらうれしかったですね」
 夫とも実家とも、心は、見た目の距離よりももっと近いところにあるように見えた。介護という新しい局面を迎えて、彼女がどういうライフスタイルを編み出すのか。距離はネックになるのかならないのか。
 昭和の娘の次の生き方が気になる。

台所のフォトギャラリーへ(写真をクリックすると、くわしくご覧いただけます)

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