2020年までに日本中の子供に“音”を届けたい 音を振動と光に変える「Ontenna」開発者の思い
テクノロジーには、功罪がつきものだと考える人は多いだろう。話題のAI(人工知能)についても、いまある仕事が奪われるのではないかと恐れる人がいるくらいだ。
ただ、純粋に「誰にとってもこれは良い」と思える技術に出会う時がある。筆者には、それが「Ontenna」だった。先日リポートした『耳で聴かない音楽会』でも使われた装置で、髪の毛や体に着けると、内蔵されたマイクが音を拾い、振動と光に変換して持ち主に伝えてくれる。音楽会では、健聴者でも日本フィルハーモニー交響楽団の奏でる音を振動と光の演出を“加えて”楽しむことができた。
富士通でOntenna開発を担当するUIデザイナーの本多達也さんは、大学時代、学園祭で道に迷っていた聴覚障がいがある人との出会いがきっかけで、音を聴覚以外で感じさせるデバイスの開発を始めた。2013年、大学4年生の時に数カ月かけて試作機を開発。試行錯誤の末、ヘアピンのように髪の毛につけるアイデアにたどり着いた。
2014年には国家プロジェクト「未踏事業」のスーパークリエーターの一人に選ばれ、本格的な開発を進める予算を確保。大学院を卒業した後は個人で開発を続けていたが、やがて富士通への就職を決め、同社のプロジェクトとしてOntennaの製品化を目指している。
開発の動機を「何より自分がやっていて楽しいから」と笑顔で語る本多さんに、Ontennaがこれから目指すものを聞いた。
――「Ontenna」は、実際に聴覚障がいがある子どもたちにどのように使ってもらっているのでしょうか。
本多 2017年、私たちは初めて全国3カ所の聴覚特別支援学校に10セットを貸し出し、約3週間にわたって授業の中で試験的に使ってもらいもらいました。
その結果、子どもたちがリズムや拍、音の始まりと終わりを意識することに役に立ったというご意見や、体育のダンスの練習で、自分が横を向いて踊る際、最前列で踊る先生が見えない場面でもリズムを合わせることができたなど、多くの先生に良い評価をいただきました。
一方で、たくさんの改善要望もいただきました。髪の毛に着けるので、補聴器や人工内耳を使っている子どもにとって邪魔になるとか、複数のOntennaに対して、違う信号を発信できるようにしてほしい、などです。
私たちは、またOntennaの効果についても検証実験を行いました。ある一定のリズムの刺激に対して、Ontennaがある場合とない場合で、子どもたちがリズムを再現できるかを調べたところ、76%の子どもが「リズムの正確性が高まった」という結果が得られています。
――実証実験をしてみた評価では、Ontennaは製品として売れそうですか?
本多 2017年度に実際にお貸しした3校からは、「今後もぜひ使ってみたい」と言っていただきました。ただし、「10セットをリースで10万円弱」と仮に値段を設定して「学校の設備として購入していただけますか」と質問をしたところ、どこも「購入は難しい」という回答でした。学校にとって、必ず必要な設備を買うための予算は限られていて、なかなかOntennaには回せないようです。
――聴覚特別支援学校に買ってもらうことが難しいとなると、どのような方法で普及させようとしているのですか。
本多 まず先ほど得られたような課題を改良しつつ、髪の毛以外の場所にも取り付けられるようにすることも検討しています。広く使ってもらえるデバイスにしたい。
そこで2018年度は、まず量産して、無償で届けることを検討しています。
全国には約100校の聴覚特別支援学校があり、約1万1000人の子どもたちが通っている。すぐにその全員に届けることはできないのですが、これからどんどん増やしていきたい。海外の学校に届けることも視野に入れています。
ひとつのマイルストーンは2020年で、Ontennaを身につけてのスポーツのパブリックビューイングが各学校の体育館などでできないかと考えています。
Ontennaの特徴に、リズムや振動の強弱をつけて伝えられる点がありますから、例えば卓球の玉がラケットに当たる音に合わせて振動させると臨場感が得られると思います。
健聴者にとっても、新しいスポーツ鑑賞体験につながる可能性があるのではないでしょうか。
――マネタイズという意味ではどのような手段がありえるのでしょうか。
本多 やはり、大量に生産できるような需要が必要ですので、例えばアイドルのコンサート会場で使ってもらうとか。2018年4月末は、神戸のガールズバンドとコラボして、ライブでの一体感を実験してみました。
OntennaはフルカラーのLEDで色を表示させることができますから、私が音に合わせて操作しました。先日の『耳で聴かない音楽会』では、落合陽一さんがオーケストラの演奏に合わせてOntennaの調整を担当してくれました。日本フィルハーモニー交響楽団という本物のオーケストラグループと一緒に出来たことが素晴らしかったですね。
技術的には、FMラジオと同じものを使っていますから、1万個でも2万個でも同時に使うことができます。
これから、さまざまな企業と協力して健聴者が使う需要を開拓して、聴覚障がいのある子どもたちには無償で届けられるようになることが最も良いと考えています。
――Ontenna以外にも取り組んでいることはありますか?
本多 いま、「X DIVERSITY (クロス・ダイバーシティー)」という人工知能(AI)を使って社会課題を解決するプロジェクトを進めています。落合陽一さんもメンバーのひとりですね。
ここでは、例えば機械学習を使って、いまはすべての音に反応しているOntennaを、特定の音だけに反応させるようなシステムを開発中です。自宅のインターホンの音や自分の子どもの泣き声だけに反応させるとか、いろいろな可能性を探していきたいです。
(取材/文・&マガジン編集部 久土地亮、写真・野呂美帆)