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多和田葉子作品でしか体験できないこと。『地球にちりばめられて』

多和田葉子作品でしか体験できないこと。『地球にちりばめられて』

撮影/馬場磨貴

翻訳された海外文学が好きでよく読むのだが、どこが好きかと聞かれるとうまく答えられない。それは理由が様々あるからで、ひとくちに「ここが好きだ!」と答えられないからだ。だが、それでも無理やり理由づけをするのであれば、普通の日本語とは少し違う文章を楽しめる、というのが大きな理由だろう。

そもそも翻訳には別の言語から別の言語への変換がなされているので、翻訳した時点でオリジナルの文章が存在しなくなるのは当然だ。言語が違えば細かい表現のニュアンスだって違ってくる。そのように普段読み慣れないような言葉の使われ方を読むのが面白くて、翻訳された小説を進んで読んでいる。

そういうわけで海外の小説を読むことが多いのだが、多和田葉子の『地球にちりばめられて』は日本語で書かれた小説なのに、どこか海外の小説を読んでいるような気にさせられる稀有(けう)な作品だ。

「母国語を喋れる人を探す旅」へ

主人公のHirukoは自分の母国(読み進めていくとそれが日本だとわかる)が消滅してしまい、自分と同じ母国語を喋(しゃべ)る人を探している。母国を失った彼女は自ら「パンスカ」という言語を生み出したことで注目を集め、テレビに出演し、自分と同じ母国語を喋れる人を探していると告げる。そのテレビを見ていた言語学者のクヌートと知り合い、ふたりはHirukoの母国語を喋れる人を探す旅に出る。

旅の舞台はヨーロッパで、途中で出会う人たち(アカッシュ、ノラ、テンゾなど)はHirukoにとっては外国人だ。その人たちの中でHirukoは日本語を母国語に持つマイノリティーである。しかしアカッシュやノラやテンゾだってそれぞれ別の国の出身で、その人たちの中にいれば、なにをもって外国人と規定するのか、その境界線はあいまいになってくる。

そして読み進めていくうちに、自分自身も主人公のHirukoのように母国語が通じない世界にいる錯覚に陥っていることに気づく。それは単純に多和田葉子の紡ぎ出す言葉が読み手を物語の世界に引きずり込んでいる証左なのだが、その文章は日本語で書かれているというのが不思議なところだ。

日本語で書かれた、日本を舞台にした小説を読んでいる時にこのような体験はない。あえて近い例で言えば、カズオ・イシグロが書いた日本を舞台にした物語を読んでいる時だろうか。

それはつまり、カズオ・イシグロが英語で書いたものを日本語に翻訳しているからで、物語の舞台は日本なのに(しかもイシグロは幼少期を日本で過ごしているだけあり、情景描写の細部が非常にリアルで違和感がない)、それを表現する言葉がどことなくナマの日本語らしくないので違和感を覚えるのだ。

多和田葉子の場合はその逆で、日本語で書かれているのでまったく違和感なく読めるのだが、物語の舞台が日本ではない分、非常に巧妙に翻訳された違う国の人が書いた物語を読んでいるように思えるのだ。このような文章と物語の乖離(かいり)により生まれる違和感こそが、読書をして得られる大きな楽しみである。

翻訳された海外の小説とはまた少し違う読書体験を多和田葉子はさせてくれる。そして、今のところ、日本人の作家でそのような蠱惑(こわく)的とも言える力を持った作家は、多和田葉子以外に思いつかない。

(文・松本泰尭)

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松本泰尭(まつもと・やすたか)

人文コンシェルジュ。 大学卒業後、広告代理店などメディア業界で働いたのち、本の仕事に憧れて転職。得意分野は海外文学。また大のメジャーリーグ好き。好きな選手はバスター・ポージー。

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