「過去を顧みず、調子に乗らずに活動を続ける」YZERR(BAD HOP、2WIN)を支える不屈の精神

新しい時代を切り開く20代のミュージシャンたちに「譲れない価値観」を聞いていく特集の第3弾。今回登場するのはヒップホップグループ「BAD HOP」のラッパー・YZERR(ワイザー)だ。
10~20代の若者から圧倒的な支持を集めるBAD HOPは、楽曲制作以外の活動も自ら企画、運営している。その中心にいるのがYZERRだ。
今年4月に行われたZepp Tokyoでのワンマンライブでは、チケット販売会社を通さず、蝋(ろう)で封をした招待状(チケット)を制作して発送。さらにライブ当日は、ステージに2階建ての家を建てる、ファンの度肝を抜くパフォーマンスをやってのけた。
不可能に思えることも諦めない。高い理想を実現するために考え抜き、大胆に実行する。不屈の精神を持つYZERRの根源に迫った。
良い曲を作る努力と、聴いてもらう努力は別
――先日Zepp Tokyoで開催されたワンマンライブ「BAD HOP HOUSE」では、ステージに2階建の家を作っていましたね。あれほど豪華なセットは普通、全国ツアー規模でないと予算的に実現できないと思います。
YZERR でも面白くないですか? インディーで何の後ろ盾もない俺たちが、Zepp Tokyoのワンマンライブを即日完売させて、しかも当日はステージに家を作っちゃうって。予算的には厳しかったけど、あれは俺らなりの先行投資なんですよ。面白いと思うことを妥協せずに突き詰めれば、俺らの本気さが見てる人たちに伝わると思ったし、ライブの後にさらに大きな話題になるとも思いました。そういうものはお金では買えません。
――過去には神奈川・川崎CLUB CITTAと大阪・心斎橋SUNHALLで無料のワンマンライブを行い、CD「BAD HOP ALL DAY」も無料で配布しています。こうしたセオリーとは異なる音楽活動も同じく先行投資という感覚ですか?
YZERR そうですね。でもあれは話題作りというより、当時の作品やライブが人様からお金を取れるほどではなかったから無料にしたというのが大きいです。街でよく広告を入れてティッシュを配ってるじゃないですか? あの感覚に近いですね。「アルバム作ったんで聴いてください。ライブやるんで見に来てください」みたいな。良い曲を作るための努力と、聴いてもらうための努力は別だと思ってます。
――ミュージシャンはあくまで曲の作り手で、作品の広め方までは考えないイメージがありますけど。
YZERR 他の職業の人たちは、そういう努力を当たり前のようにしてるじゃないですか? だったら「ラッパーだけ特別」ということもないと思うんです。俺は、いろんな人が「BAD HOPのためにお金を使ってくれている」という事実をとても重く捉えています。そして、本当に貧乏でどん底の家庭で育ったから、お金の重要性もよく知っている。だからこそ一生懸命やるんです。
金髪でスカジャンの小学2年生が当たり前の地元
――YZERRさんはどんな環境で育ったんですか?
YZERR 川崎南部の貧困層の多い土地です。近くに堀之内という風俗街があって、そこの労働者の子供も多くいた。母子家庭も多く、血のつながってない父親に日常的にひどい暴力を振るわれているやつもいました。似たような境遇の人間は、みんな家に帰りたくないから、外で友達と遊ぶようになる。そうすると自然にグレていく。
俺自身は小学校2年生でグレました。曲でも歌っていますが、同い年の友達なんかは小2で金髪にして、スカジャン着てタバコを吸ってましたね。でもそいつが特別悪いやつということでもなく、そういう人間がゴロゴロいたんです。
経済的にも恵まれていなかったから、たぶんみなさんが考えているような「普通」は、俺にとっては豊かな暮らしなんです。そのくらいお金にはシビアな感覚を持っています。だから俺はファンが自分たちにお金を使ってくれるということを、強く意識していますね。
――豊かさを得るための手段として、ヒップホップを選んだのはなぜですか?
YZERR 「第1回 BAZOOKA!!!高校生RAP選手権」(*)への出演が転機になりました。今でこそ人気企画ですけど、最初は出演者が見つからなくて、俺らに声がかかったんですよ。俺らは中学生の頃にギャング団みたいなものを作っていて、テレビに出たらナメられると思っていたから、最初はすごく嫌でした。でも結局、嫌々現場に行って、よくわからないまま出演したら、双子の兄・T-Pablowが優勝したんです。
編集部注:BSスカパー!で放送されているバラエティー番組「BAZOOKA!!!」内のコーナー。高校生の参加者が即興で自由な型のラップを披露する「フリースタイルラップ」で対戦する
――高校生RAP選手権をきっかけにミュージシャンとしての道を歩み始め、独創性あふれる音楽活動を展開されています。その豊富で柔軟な発想力はどこで身につけたものですか?
YZERR 育ってきた環境ですね。俺らは子供の頃から与えられることがほとんどなかった。欲しいものは、自分たちで考えて工夫して手に入れていました。ガムテープを丸めてサッカーボールにしたりとか。与えられない環境だから、自分で考える癖がついたんです。
少年院に入ったときにも考え方が大きく変わりました。何もすることがないので、ずっと本を読んでいたんですよ。年間200冊くらい読んだかな。いろいろ読んで、大事だと思ったことはメモして。そしたら徐々に同じような内容のメモが増えてきた。まとめたら最終的に30個くらいになって、それが生きる上で絶対に守るべきルールになりました。
――具体的には?
YZERR 例えば、「他人の意見を聞く」こと。BAD HOPはメンバー同士で何でも言い合える関係にしています。リーダーでも間違うことはあるし、俺は常に批判を受け入れます。絶対に人のせいにしない。それが不当な批判だとしても、どこか自分にも非があるはずだと思うようにしてる。そういう人生の基本となるルールが30個くらいあります。それらをざっくりまとめると、最終的に人として愛される存在にならないとダメってことですね(笑)。
――いくつもの人生の指針があるYZERRさんにとって、「譲れない価値観」をひとつ挙げるとすれば?
YZERR 「1から」ということかな。多くの人は一番になると、急に下を見るようになる。自分はそうなりたくないんです。高校生ラッパーの代表になったら、次は若い世代におけるヒップホッパーの代表に。ヒップホップ全体で一番になったら、次は日本の音楽全体で一番を目指す。向上心がある人は、どれだけステージが上がっても、常に「1から」の精神を持っていると思う。俺らは過去は顧みず、そして調子には乗らずに活動を続けていきたいです。いずれはアジアや世界というステージも見たいと思っています。
――BAD HOPのような本格的なヒップホップは、今の日本ではまだ受け入れられないとは思いませんか?
YZERR 思いませんね。確かに日本でのフリースタイルバトルの認知度は上がったけど、ヒップホップという文化は浸透していない。それはアーティスト側の努力が足りないからだと思う。
多くのリスナーは「なんとなく」音楽を聴いていると思うんです。みんながみんな、自分の音楽と向き合ってくれるわけじゃないし、アーティストはそれを前提にして制作すべきだと思います。表現が伝わらないのは自分たちの責任。だからこそ音楽制作は細部に至るまで徹底的にこだわるべきなんです。それくらいやらなくては絶対に伝わらない。
お客さんは価値があると思ったものにはお金を払ってくれます。それは5000円もする「BAD HOP HOUSE」のチケットが完売したことで実感しました。俺らはこれからさらに先鋭化します。客層を広げるためにキャッチーな曲なんて作らない。極端な話、みなさんがどんな音楽を求めているかを考えるより、「これかっこよくない?」を提示できるようになりたいと思っています。 100円を100人に払ってもらうのではなく、1万円を払ってくれる10人に向けて曲を作る。一般の人にはわかりづらくても、俺らが明確なビジョンを持って真摯(しんし)に活動し続ければ、その価値を理解してくれる10人が周りに広めてくれる。 SNS全盛の今、うそで塗り固めたアーティストなんてもうハマらない。俺らは本物であり続けるために努力し続けます。
(文・宮崎敬太 撮影・寺沢美遊)
プロフィール
YZERR(ワイザー)
1995年生まれ、神奈川出身。BAD HOP、「フリースタイルダンジョン」に出演していた双子の兄・T-Pablowとのユニット2WINのメンバー。「第5回 BAZOOKA!!!高校生RAP選手権」優勝者。