iri「“1人じゃない”と思える安心感を伝えたい」 カウンセラー志望からアーティストへ

iriはこれまで2枚のフルアルバムと3枚のミニアルバムを発表している。作品を彩るクリエーターは実に豪華だ。今年FUJI ROCK FESTIVALに出演したラッパーの5lack、宇多田ヒカルとの共演で話題になった小袋成彬を擁するプロデューサーチーム・Tokyo Recordings、水曜日のカンパネラをプロデュースするケンモチヒデフミなどなど。文字通り、日本の音楽シーンを牽引(けんいん)するアーティストたちが集っている。
iriの楽曲はいつもクールでアーバンだが、彼女の一番の魅力は声と歌詞にあると思う。自分の胸の中でひっかかっていて、言葉にならなかった気持ちを言葉にしてくれる。なぜこんな歌詞を書けるのか? そしてどんな思いで歌っているのか? iriが大切にする価値観を聞いた。
初めて自分を理解してくれたスクールカウンセラー
――iriさんはいじめや不登校などの問題を抱えた子供たちをカウンセリングする、スクールカウンセラーという仕事に憧れていたそうですね。
iri 私、小学生の頃、すべてに対してものすごくオープンで、周りの視線とか何も考えてない子だったんです。女の子が恥ずかしいと感じることも気にせずやっちゃうし、思ったことはなんでもすぐ言っちゃう、みたいな。群れるのも苦手だったので、よくカウンセリングルームに行ってました。
カウンセラーは常にちゃんと私の話を聞いてくれて、寄り添ってくれた。私の味方でしたね。担任の先生よりももっと近いというか、自分のことを理解してくれた人でした。それで子供ながらに「こういう仕事もあるんだ」とスクールカウンセラーに憧れたんです。
――そこから歌手になろうと思ったのはなぜですか?
iri それは私がものすごい口下手なので、カウンセラーは断念せざるを得なかったんですよ……。でも子供の頃だったから、そのあと自然と歌手になりたいと思いました。単純に「歌手ってカッコいいな」みたいな。
本格的に歌手を目指したのは、高校生の時です。アリシア・キーズ(米国の女性歌手)がグラミー賞で歌っているのを見て、「世の中にはこんなカッコいい音楽があるんだ!」と衝撃を受けたんですよ。自分もこういうことがしたいって。人前に立つのは苦手でしたが、ライブをしてみたり、ボイストレーングをしたりして、一人前になるための準備をそこから少しずつする感覚でした。
デビューにつながるオーディションを受けたのは大学生の時。周りは就職活動をしてましたね。そのオーディションは、グランプリになるとニューヨークに行けたんです。アリシアがニューヨーク出身だから、私も現地でいろんな音楽を吸収してみたくて応募しました。最初はあまり深く考えずに「なんとかなるでしょ」みたいなノリで臨んだんですが、オーディションは実際ものすごく緊張しましたね(笑)。
誰かを助けたい、力になることを伝えたい
――人前に立つのが苦手なのに、なぜ歌手になりたいと思ったんですか?
iri もちろん人前に立つのは怖いですよ。「批判されたらどうしよう」という不安は常につきまとっています。でもそれより、誰かを助けたい、力になることを伝えたい、何かを変えたいという気持ちのほうが、自分の中では断然勝ってるんです。私自身が直接誰かを助けることはできないけど、音楽ならそういうことができるんじゃないかって。たぶんスクールカウンセリングの先生になりたいと思った時から、その思いは変わってないかも。
昔からいじめをする人の気持ちがわからないんですよ。別に正義感とか大げさなものでは全然なくて、単純に理解できない。私は小学生の頃からいじめられっことか、転校生とかと一緒にいることが多かった。いわゆる少数派みたいな。なんでかわからないけど、自然とそういう人が気になってしまう。私の歌が、そういう人たちと気持ちを共有できる内容だったらいいなと思っています。
――たしかにiriさんの歌詞には、自分の胸の中でひっかかっていたのに言葉にならなかったような気持ちが表現されていると思いました。普段はどのように作詞をしているんですか?
iri 近所のサイゼリアの隅っことかで、うんうん唸(うな)りながら書いてます(笑)。作詞する時は、もとになるトラックとかギターのループをずっと聴きながら、集中して言葉を出していきます。書いてる時の自分の心情がリアルに反映されるんですが、1曲の中でつじつまが合わないこともあって。文字にすることで、初めて自分の揺れ動く気持ちや本心に気づくこともある。そこからは自問自答の繰り返しですね。
私の作詞の原点は、小学生の頃に書いてた落書きなんです。そこに自分が理解されないことや、寂しい気持ちを文字で書いてた。それが日記になって、徐々に詩のようなものになって、歌詞に成長していったんです。私は自分のマイナスな部分を歌にすることが多いのですが、「助けて」「つらい」みたいなことを歌詞にしたいと思ったことはありません。なんというか「生きてるといろんなことがあるよね」みたいな感じにしたい。あと作詞に関しては、七尾旅人さんから影響を受けています。「Rollin’ Rollin’」や「サーカスナイト」、初期の作品もすごく好きです。
味方とは同じ意見を持ってるということ
――自分の気持ちを歌詞にして吐き出すことが、自分を客観的に見直すきっかけになったりしていますか?
iri それはあります。正直、自分と向き合う作業はつらいですけどね(笑)。でも本当に音楽が好きだから、そのつらさを乗り越えてでも作りたいし、世に出したいと思う。音楽の素晴らしさを伝えたい。私がやってる音楽はいわゆる流行歌みたいな感じじゃないけど、こういう音楽もあるんだよっていうのを少しでも多くの人に広めたい。自分がカウンセラーになりたいと思った頃から音楽に支えられてたんですよ。当時は特別音楽に詳しいわけじゃなかったですけどね。
――iriさんの譲れない価値観とはどんなものですか?
iri 味方でいたいということかな。小学生の時、スクールカウンセラーが常に自分の味方でいてくれて、なんでも話を聞いてくれた。自分もリスナーの方にとってそういう存在になれればいいと思います。日常会話では言えないことも、音楽を通してなら素直に言える。音楽があるからこそ表現できる。 私にとって、味方とは同じ意見を持ってるということです。「自分もずっとそう思ってたけど、iriも同じだったんだ」「そう思っていいんだ」みたいな感覚。自分が1人じゃないと思えるし、それは自分を支える安心感につながるんじゃないかなって。
――iriさんは、歌詞は繊細なのに、実際お話をうかがうと飾らない人という印象を受けました。
iri あははは、それはあるかも(笑)。特に1stアルバム「Groove it」では、自分のことを赤裸々に歌ってますからね。結構具体的に歌っているから、聴いた人たちからディスられるかな、と思ったけど全然そんなことなかったんですよ。それは嬉しかった。ちゃんと伝わったんだなって。私は「女の子らしく」「強い女性」とかではなく、常に素直な自分でいたいですね。
プロフィール
iri
1994年、神奈川県出身。ヒップホップ的なリリックとソウルフルな歌声で、ジャンルレスな音楽を展開。17年、アルバム「Groove it」でデビュー、iTunes Storeにてトップ10入り。Apple musicの春のキャンペーン広告に起用される。18年、2nd アルバム「Juice」が、iTunes ヒップホップ/ ラップチャートで1位を獲得。Corona SUNSETSFESTIVALなど夏フェスにも多数出演する。