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東京の台所
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〈174〉平日の料理は夫、週末は妻。完全分担制、暗黙のルール

〈住人プロフィール〉
会社役員・46歳(女性)
分譲マンション・1SLDK・京王線 千歳烏山駅(世田谷区)
入居3年・築年数33年
夫(映像作家・45歳)との2人暮らし

    ◇

 築33年、駅から徒歩18分。世田谷でありながら、緑道の木々や小さな公園が多いためか、緑豊かな印象だ。新しい建物より、古い建物をフルリノベーションして住みたいという希望があり、予算に合うものを探していたらここにたどりついたという。

 夫は在宅仕事なので、駅までの距離はさほど気にならない。彼女の勤務地は原宿で電車通勤だが、この距離感の具合がいい。
 「オンとオフのいい切り替えになっています。料理もそう。平日は夫が、週末は私が作ります。土日はお客を招くことが多いので、もてなし料理に。彼がケなら私はハレの日担当です。もともと料理は好きなので、仕事とは頭が切り替わり、料理熱のスイッチがオンになります」

 夫は、きんぴらや炒めものなどデイリーの総菜。妻はアクアパッツァや、一から作るマーボー豆腐など、すみわけが明解だ。

 3年前、フルリノベーションして作った台所は、家の間取りに対してやけに広い。シンク前は2人が余裕で行き来できる幅があり、中央には、器がたっぷりはいる引き出し付きの特注の作業台が。見ただけで、2人がいかに食べること、作ることが好きかがよくわかる。
 「設計は建築を学んだことのある夫に任せて、友達に施工してもらいました。私がお願いしたのは、人がいっぱい来られる家にしてほしい、ということだけです。ゲストとおしゃべりしながら料理できるようにしてね、と」

 夫は、チーク材のように経年による傷や変色が味わいになる建材を海外の建材屋から取り寄せたり、シンク上には、ホテルや店舗で使われる間接照明を台所用にアレンジするなど工夫をこらした。家にいる時間が長く、台所に立つ回数も多い夫主導のリノベは、収納もシックなデザインも大満足の結果に。妻は、「リノベーションってこういうことかーって驚きました。ピカピカの新しいマンションにはない魅力があるし、すごく使いやすいです」と語る。

 カウンターの下にはワインや日本酒の空き瓶がずらりと並ぶ。ひとつひとつにゲストとの思い出が宿る。
 彼女はお酒が大好きで、飲み屋に行く先々で友だちを作り、その後家に招くことも多いとか。ところが、彼は下戸である。献立や食事のリズムは合うのだろうか。
 「僕はお酒を飲む雰囲気も人を招くのも好き。自分が作るものも、きんぴらのように、ご飯にもお酒にも合うおかずが自然と増えました。塩辛もご飯にもお酒にも合いますしね」

 普段の食材の買い出しも彼である。ひとり暮らしが長く、「料理や家事を苦と思ったことはなく、やらされている感もない」と言い切る。思わず、できた人ですねえと言うと、彼女は「どんなに親しくても“ありがとう”は大切。極力伝えるようにしている」と語る。

 もうひとつ。彼女は、ふたりのときは家では飲まない。仕事帰りに外で飲むのは週に2回とだいたい決めている。あとの3日は、彼の作ったご飯を20時頃からふたりでゆっくり楽しむ。自然にできあがった暗黙のルールが、下戸と上戸のふたりを塩梅よくつないでいる。

 ところで、ありがとうの大切さに気づいたのは、じつはつい最近のことらしい。

 「これやって、あれやってばかりじゃ上から目線で、相手もおもしろくないですものね。夫婦だからこそ“ありがとう”がないとだめ。でも、私は会社を経営していることもあり、平日は仕事中心で、どこか、やってもらって当たり前という気持ちがあり、3年前まではそれほどありがとうを言えてなかったのです」

 ところが彼女は3年前、交通事故に遭い大怪我(けが)をした。リハビリには1年半を要し、リビングに介護ベッドを置き、寝たきりの生活が3カ月続いた。その間、昼間の夫の姿を初めて目の当たりにした。
 「洗濯、掃除、買い出しに料理。植物に水をやり、洗濯物を干したり取り入れたり、何度もリビングやベランダを往復している。仕事をしながら、こんなにも家事をやってくれていたんだと初めて知った。ありがたいなあって心から思いました。それからです。“ありがとう”が増えたのは」

 夫婦にはそれぞれ歴史がある。いいときも悪いときも一緒だからこそわかりあえる本質もある。取材後、夫も大好きだという茶わん蒸しのご相伴に預かった。ユリ根、ぎんなん、鶏肉にしいたけ。ふるふるの卵。だしの香り。怪我を経て感謝が増えたという彼女らしい、やさしい味がした。

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