スパイスって、罪なやつだな。スリランカ料理「Kanna Tanna」
連載「パリの外国ごはん」では三つのシリーズを配信しています。
この《パリの外国ごはん》は、暮らしながらパリを旅する外国料理レストラン探訪記。
次回《パリの外国ごはん そのあとで。》は、室田さんが店の一皿から受けたインスピレーションをもとに、オリジナル料理を考案。レシピをご紹介します。
川村さんが心に残るレストランを再訪する《パリの外国ごはん ふたたび。》もあわせてお楽しみください。

これまでに何度も前を通っていたのに、気に留めていなかった。窓越しに見える皿はフランスないしはヨーロッパのもののようだし、ちょっとおしゃれなフレンチのカフェと思っていたのかもしれない。それがあるとき突然、目に入った。窓に貼られたメニューのHOPPERSの文字。あれ? と思い近づくと、スリランカン・キッチンと書かれている。


スペシャリテとして、三つ目にコットゥ・ロティがあった。コットゥ・ロティは、小麦粉がベースの生地を薄く伸ばして細かく切り、野菜や肉と炒めたもの。焼きそばみたいだけれども、もとがパン生地のように少し重みがあり、結構おなかにたまる。スリランカを旅したときに、私はこのコットゥ・ロティを数回食べた。パリでは食べられないだろうと思ったからだ。
これはもう行くしかない! と数日後に訪れた。扉を開け、中に一歩入った途端に「うわぁスリランカだ~」とびっくりした。匂いが、もう本当にスリランカだったのだ。カレーリーフとカルダモン。10区のインド街に行ってもこれを体験したことはない。厨房(ちゅうぼう)に立っているのは女性だ。それを確認してから、席に着いて改めてメニューをじっくり見た。初めてだからライス&カリーを食べたいとも思うし、やはりコットゥ・ロティも気になる。ヌードル&カリーもいいなぁ。
私の目を引きつけたホッパーには、セットメニューがあった。ホッパーは、米粉とココナツミルクで作るスリランカ版クレープ。浅い鉢のような形をしている。現地の総菜屋さんでは店頭にこれが重ねて置かれていた。その風景を思い出して、ホッパーのセットにすることにした。3種のチャツネに3種のカレーがついて来るらしい。

サービス担当はフランス人だけれど、厨房に3人いるスタッフはいちばん手前にいる女性を含めスリランカの人のようだ。匂いというのは記憶を呼び起こす。年末の慌ただしい空気が漂うパリで、街中に充満するカレーリーフの香りにワクワクしたスリランカの商店街が匂いと喧騒(けんそう)を伴って頭の中によみがえった。
旅に出たい、と少しぼーっとしていたら、あっという間にチャツネ類が運ばれてきた。ポル・サンボル(ココナツのすり身の辛み和<あ>え)に、シーニ・サンボル(玉ねぎを甘辛く炒めたもの)、そしてマンゴーとパイナップルのチャツネ。続けてカレーも並ぶ。ダル(黄色いレンズ豆のカレー)、野菜カレーの具はこの日はカボチャで、それに赤みを帯びたチキンカレー。あとひとつ、ナスやピーマンの辛み和えのようなものも出てきた。「卵入りの方も、すぐに出てくるから」と、プレーンのホッパーが最後に真ん中に置かれた。
なかなか食べ応えがありそうだ。まずはココナツのサンボルを、ホッパーで少し包んで食べてみる。そうそう、このシンプルな味付けなんだよなぁ。チリとライム汁が軸となった、きりっとした味。
続いてナスが気になっていた和え物に手を伸ばす。これも“あぁぁぁ”と脱力するほどにスリランカの味だった。現地で食べたナス料理は、どれも、この国では皮だけ使うのか? と疑問に感じるほど、身の部分がほとんどない皮を主体に使ったもので、この店でもやはりそうだった。でもそれがとてもおいしいのだ。見た目はラタトゥイユと見まがうが、油の絡み具合とチリの使い方が、スリランカで食した味を思い出させる。ごはんによく合う味で、これだけで1膳は軽く食べられると思う。

そしてカレー。まずはホッパーに乗せず、そのままひと口ずつ食べた。最初はレンズ豆。魚が入っている気がしたけれど、ベジタリアンで、ココナツとホウレン草だけ、あとは最後に少しシブレットをふりかけたのみらしい。汁気はほとんどなく、ココナツミルクの味がしっかりで、とてもおいしい。かぼちゃのカレーには、おろしたココナツを加えているようでしゃりしゃりしていた。辛さは無くクリーミー。辛いかもと食べたチキンのカレーは硬派な味で、ココナツ風味も控えめ。サラサラしている。
レンズ豆とかぼちゃのカレーはホッパーに乗せて食べるのがとてもよかったのだけれど、さらさらチキンカレーは、パラパラのごはんと一緒に、しゃばしゃばした感じで食べてみたくなった。たぶん、ニンニクも少しは使っているのだろうと思う。でも旅したときに滞在したゲストハウスのスリランカ母さんが作った料理はどれも、ニンニクが前面に出てきてはおらず、私にはそれがとても食べやすくてすっかり大好きになったのだが、この店もそうだった。

かなりおなかはいっぱいだったけれど、デザートにワッタラッパンを見つけ頼むことにした。スリランカ風プリン。上にレーズンを散らして出てきたそれをひと口食べたら再度、ひゅるひゅるひゅる~と肩から力が抜けた。いきなりカルダモンが直球でやってきて、あとはクローブだろうか、スパイスのバルーンが口の中で弾けたようだ。
もしかしたら、スリランカに行ったことがなかったら、スパイスが強すぎて卵液の柔らかさがない! とあまりおいしくないデザートに認定してしまったかもしれない。でもこれは、おいしいとかおいしくないの問題じゃないんだよ、と誰に聞かれたわけでもないのに、心の中でつぶやいた。切なくなるほどに香りは記憶を運んでくる。スパイスって罪なやつだな、と思った。

食事を終えてお手洗いに行き、横にある厨房にいた女性に「おいしかったです」と伝えて少し話した。彼女はキャンディ出身だそうだ。キャンディ市街のカトゥガストタのゲストハウスに泊まったというと、あらそう~と笑い「若い頃は銀行に勤めていたのよ」と店内に飾ってある写真を見せてくれた。その後ケータリングをしていたらしい。パリでの生活はもう28年になるそうだ。
「この店は息子からのプレゼント」とうれしそうに言った。そして「いま、夜の営業用に作ったばかりだから、少し持って帰る?」とダルをくれた。「お料理を習いたい」とリクエストしたら、「今度いらっしゃい。連絡するから名刺置いていってね」というので、渡した。厨房の奥には、店で全部配合しているという各種カレー用のミックススパイスを詰めた瓶が並んでいた。


Kanna Tanna(カンナ・タンナ)
43, rue des Petits Carreaux 75002 Paris
1年ぶりに満喫! スリランカ母さんのビリヤニ&チキンカレー
《パリの外国ごはん ふたたび。》 2019.12.03
川村さんからのお知らせ
12月27日に新刊が出ました。初のエッセイです。便利と少し距離を置いたパリの暮らしを食の観点から書きました。『日曜日はプーレ・ロティ -ちょっと不便で豊かなフランスの食暮らし-』(cccメディアハウス)
こちらのページに、目次や「はじめに」の章が掲載されています。ぜひご覧ください!