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東京の台所
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〈178〉夫の実家に居候1カ月。変わった価値観

〈住人プロフィール〉
会社員・31歳(女性)
賃貸マンション・1LDK・都営大江戸線 蔵前駅(台東区)
入居8カ月・築年数4年
夫(会社員・31歳)と2人暮らし

    ◇

 結婚6年目で、神戸から東京に転勤。今年、まる1カ月間夫の実家に夫婦で居候をした。

 共働きで、先に夫が東京に転勤に。遅れて彼女も希望を出すと、予想外に内示がすぐ出て、物件をゆっくり探している間がなかったからだ。

 義妹の部屋に布団を敷き、義妹と寝た。岐阜出身の彼女にとっては初めての東京暮らしである。慣れない通勤路、新しい仕事場。そのうえ夫の実家に居候とは、精神的にさぞ疲れたろうと思いきや、とんでもなく快適だったらしい。

 「1カ月後、新居が見つかったときは、ああ出たくないなあ、もっといたかったと残念に思いました。夫も、同じような表情をしていましたね」

 快適の最大の魅力は、義母の作る料理である。
 「私、人が作ってくれたご飯を食べるのが18歳以来なんです。それだけでもうれしいのに、お義母さんの作る料理がものすっごくおいしくて、品数も味付けも毎日すごいんです。朝はスムージーと和食。夜は最低でも煮物に副菜など5品並びます。お刺し身やコールスロー、ロールキャベツ……。見た目も栄養のバランスも良くて、あんな食卓は経験したことがありません。居候だからとか気を使うとか、そんなことはあの料理の素晴らしさに比べたら、さもないこと。それくらい満たされた日々でした」

 義母は、羽仁もと子の思想を基にした「全国友の会」の古くからの会員で、家族が喜ぶ家庭料理や家計簿づくりなどを学んでいた。
 結婚当初は、その料理を見て「とても自分には無理。まねできない」と、どこかお客様気分で眺めていた。
 今回、不意の居候を体験し、あらためて義母の知恵の詰まった料理の奥深さに圧倒されたらしい。

 彼女がここまで心を動かされたのには、じつは理由がある。以前住んでいた神戸では、社宅の関係で、通勤に2時間かかり、夫婦で夕食を過ごせるのが月に1~2度だったのだ。
 「帰宅が23~24時近くになるので、それからご飯を作っていられないのと、おなかが空いてしまうのです。だから会社を出るときに立ち食いそばで済ませて帰るような生活でした」

 新天地の東京では環境が変わり、覚えなければいけないことだらけで毎日疲れきって帰宅すると、よく考え抜かれた献立の温かな食事が並んでいる。一口食べると、緊張の糸がふわっと解けた。それは、自分が一日いかに気を張っていたか気付かされる瞬間でもあった。

 「毎日温かなお料理が並んでいる。大学時代からそういうことがなかったので、それを見るだけで胸がいっぱいに。それに義母は鍋帽子という布保温カバーを使って予熱で煮こんだり、実に合理的なんですね。納豆とニンジン、刻み昆布、いりごま、みりん、しょうゆ、麹(こうじ)を混ぜて冷蔵庫で寝かせる麹納豆は腸を整える発酵食品で、ごはんにもよく合うし、作り置きができる。1カ月いて、まねしたいこと、学ぶことがたくさんありました。まさにスーパー主婦です」

 新しく借りたマンションは会社からも近く、夫婦で家で食事を楽しめるようになった。
 「彼は鍋が好きなんです。今日は鍋にするよ、とメールすると、ちょっと忙しくても“あ、帰る帰る!”ってすぐ返事が来る。神戸ではつねに別々の外食で、そういう会話をしたことがなかったので、ホッとするというかうれしいですね」

 彼女はかつて、安くて広いけれど2時間かかる住まいと引き換えに、2人で卓を囲む時間を失っていた。だが、1カ月の居候生活で、大切な人生の基本に気付かされた。それはこんな言葉に表れている。

 「衣食住のなかで、食さえきちんとしていれば、人間は意外と充実するんだなと。逆に、食がおざなりになると、全部がダメになるとわかりました」

 転勤のある生活なので、なるべく荷物は持たず、ミニマムに暮らすように心がけている。転居に合わせ、冷蔵庫もあえて小さなサイズに買い替え、食材を使い切るようにしている。
 そこには、欠かさず作っている麹納豆が入っていた。レンジの上には、花柄模様の布保温カバーが。
 どんなに荷物を減らしても、このふたつはなくならず、どの地にもついていくのだろう。

 遠くにいたから気づけたこと、ないがしろにしていた経験があるからこそ今大事だと素直に思えることがある。こんなに熱く姑(しゅうとめ)のことを語るお嫁さんに、久しぶりに会った。

台所のフォトギャラリーへ(写真をクリックすると、くわしくご覧いただけます)

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