これまで食べなかった日々を後悔。行列のベトナムテイクアウト「NGOUN HENG」

大げさでなく、間口は1メートルほどしかない。あっても1メートル20。その幅にぴったり、ショーケースがはめ込むように設置されている。イートインのスペースはなく、テイクアウト専門の店。何料理かはどこにも書かれていなかったが、看板にある名前と、ケースの中にはネム(揚げ春巻き)の姿も見てとれたから、ベトナム料理かと思われた。
昼時に前を通るといつも行列ができていて、もう何年も気になっていた。ただ、この場所をその時間帯に通るときはいつだって他に食べるべきものがあり、横目にしつつ通り過ぎるだけだった。
やっと機会が訪れたのは年末。取材先が近くで、たまたま連日前を通った。やはり並んでいる。インタビューのみで、食べる仕事ではなかった日、まだお昼の営業が終わる前に通りかかることができたので、ここぞとばかりに買ってみることにした。
小さな店内には女性が一人立っている。ショーケースの向こうには少し段があり、下がった右手奥に作業台が置かれ、チャーハンの入った大きな透明の容器が見えた。

メニューは、ショーケース左手の壁に貼られている。おかずだけの値段設定はなくて、ごはんとセットでの価格らしい。タイ米かチャーハン、あるいは焼きそばとの組み合わせで、小さい容器だと5.70ユーロ。大きい器で6.70ユーロ。
これは安い。そりゃあ並ぶわけだ。私は鶏のから揚げが大好きで、からりと揚げられた様相の鶏にあんかけがかかっているものにも大いに惹(ひ)かれたのだが、メニューをのぞき込むと目に入った牛肉のロック・ラックソースというのが気になった。

ベトナムのソースで、牛肉と玉ねぎの炒めものに絡めているらしい。つややかな茶色の炒めものはおいしそうだ。それにチャーハンを合わせることにした。常に自分は食い意地が張っているなぁと思うのはこういうときで、どうしても無条件にポーションの大きい方を頼んでしまう。いつの日か、小さい方で、と言える人になる日がくるかなぁ。
大きい器にするだけでなく、そのうえ、牛肉のバジル炒めの横にある鶏のつくねと、ケース上段に並んだネムも、ぜひとも味見したい色合いをしていて、食べてみたいと思った。少し焦げ目のあるつくねは香ばしそうだし、ネムは、自分で揚げたなら「上出来だね」と自画自賛したくなるであろうこんがりした色だった。豚肉ではなく鶏のひき肉を入れているという。次はいつ来られるかわからない、と思い、結局買うことにした。

春巻きは小さいのもあったけれど、大きい方を。言い訳のように感じるかもしれないが、たいていの場合、こういったものは大きい方がおいしいと思う。なぜって、中のジューシーな部分がたっぷりあるから。揚げ物だけじゃなく、たとえばケーキやマカロンなどのお菓子でもそうだ。少しだけ食べたいなら、大きいのを買って切って食べたい。
価格自体は良心的でも、まったく安上がりにはならない買い方をして(これもいつものこと)、我が家には電子レンジがないのでお店で温めてもらい、家に持ち帰った。まだほの温かいおかずとごはんは買ってきた容器そのまま、春巻きとつくねだけお皿に移して、さっそく食べた。

以前、ご紹介したミン・ショーの揚げ春巻きもかなり好きなのだが、いやはやこちらのネムも負けず劣らずのおいしさだ。ぎゅっと具が詰まって、塩コショウでしっかり味付けがしてある。甘酢ダレは必要ないくらい。中身のしまり具合と、力強く揚がった皮のバランスがおいしい相乗効果を生んでいるようだ。あぁもっと早くに買ってみるべきだった~と思いながら、つくねを食べてみた。
私は、から揚げが大好物だが焼き鳥も大好きだ。ここのつくねは、これまた相当に好みだった。ぎゅっぎゅっと粘りがでるまでこねているだろうことが想像できる鶏団子。やはり味付けはしっかりしていて、タレはいらない。このつくねには甘ったるいタレは似合わなそうだ。きりっとしている。春巻き以上に、これまで食べなかった日々を後悔した。

ふだん、チャーハンにはそれほど惹かれないのだが、こちらのチャーハンはふっくらパラパラで冷めてもおいしく、牛肉の炒めものは、甘みのあるタイプを想像していたらわりと硬派な味で、おかげで飽きずに、チャーハンと絡めつつおなかいっぱいになりながらも完食した。

翌日も昼過ぎに打ち合わせが近くであった。まだ1歳半のお嬢さんがいるお宅で、でもその年齢にしては食いしん坊のご両親とすでにいろんなものを食べているから食べられるのでは、とネムとつくねを手土産にすることにした。
2日連続で行き、今度はネムとつくねを8本ずつ買った。よく見ると、店の奥には左側に階段があった。下の階に厨房(ちゅうぼう)があり、そこで店頭に立つ女性のご主人がぜんぶ作っているのだそう。いつからここで店をやっているの? と聞くと「私が働き始めたのが2003年で、その前からあったからだいぶ長いと思う」という。ベトナム料理が中心だけれど、メニューには“タイ風”と付いているものもあって、彼女はカンボジアの人らしい。
「その一帯は調味料も共通するものが多いから、だいたいそのあたりのアジアの料理」と笑った。「つくねが本当においしかった」と伝えたら、彼女のお嬢さんも必ず「お弁当に入れてくれた?」と朝、確認するそうだ。そうかぁ、単なる商品ではなく、お嬢さんのお弁当にも入れているのだなぁと、お子さんのいるお宅への手土産にしたいと思ったおいしさに納得がいった。
まだお昼を食べていなかった1歳半の女の子は、なんのためらいもなく、というよりは、とても積極的に、あっという間に1本のつくねを平らげた。

NGOUN HENG(グウン・ヘン)
1, rue des Petites Ecuries 75010 Paris
今こそテイクアウトを楽しもう。皮の香ばしさがごちそう、 ジューシー鶏つくね
《パリの外国ごはん そのあとで。》 2020.12.15
川村さんからのお知らせ
12月27日に新刊が出ました。初のエッセイです。便利と少し距離を置いたパリの暮らしを食の観点から書きました。『日曜日はプーレ・ロティ -ちょっと不便で豊かなフランスの食暮らし-』(cccメディアハウス)
こちらのページに、目次や「はじめに」の章が掲載されています。ぜひご覧ください!