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〈118〉変わり続けるシモキタを見つめて 「kate coffee」

サブカルチャーの街として親しまれる東京・下北沢。小田急線の地下化と複々線化に加え、京王井の頭線と小田急線の駅舎と改札が分離され、駅前の再開発工事も真っただ中だ。昭和の面影を感じさせた駅前市場は撤去され、跡地は大きな広場に。下北沢の玄関口だった南口は昨年3月に閉鎖され、今年3月に広場に面した駅東側に新しい改札口が完成、街の風景が一変した。

2006年11月から茶沢通り沿いのビルの2階で「kate coffee」を営む藤枝絵理さん(41)は、大学時代から下北沢に足しげく通っており、20年以上この街の変化を見てきた。

「八王子に大学があって、『このままここにこもっていたらだめだ!』と3年の頃から大好きな下北沢でアルバイトをはじめました」

〈118〉変わり続けるシモキタを見つめて 「kate coffee」

藤枝さんが働いていたのは老舗コーヒー豆専門店「コーヒーモルディブ下北沢」。大学を卒業して社会人になり、事務系の仕事に就いたが、休日は店に立ち、足掛け8年、世話になったことになる。

「下北沢ってお客さんとお店の人の距離感がすごく心地良いんです。二世代で通う常連さんもいましたし。本当はモルディブに就職したかったくらいで……」

その淡い夢は「うちは小さい店だから雇えないよ」という店主の一言であっさりと消えてしまったものの、「だったら自分で喫茶店をやろうかな」という気持ちへと傾いていく。藤枝さんには兄と弟がおり、兄はグラフィックデザイナーで下北沢に事務所を構え、弟もまた同じくこの街の飲食店で働いていた。千葉の出身で縁もゆかりもなかったはずのきょうだい3人が、図らずも下北沢が発する、独特の雰囲気に引き寄せられていたのだ。

3人でカフェをオープンすることに決めた藤枝さん。内装やメニューなどの店のデザイン関係は本職の兄が担当。店内の窓際に作った本棚には、兄のデザイン事務所の蔵書を置いたため、デザインやアート、画集、写真集などが多くなったという。他にも藤枝さんが持っていた料理関係やエッセー、小説、弟の漫画などが並び、店内で自由に読むことができる。

〈118〉変わり続けるシモキタを見つめて 「kate coffee」

オープン当時は20代後半だった藤枝さんも、13年目を迎えた今、40代に。店の切り盛りにもすっかり慣れたのでは?

「毎年違った意味で大変なことの連続。オープン当初はメニューを考え、ペースをつかむのに苦労して、今は今で消費税増税やキャッシュレス決済をどうしようと悩んでいるし……。東日本大震災の翌年に子どもが生まれたので、産休や育休もありました。下北沢の再開発問題だってそう。でも、いろんな問題をクリアしながらなんとかやってきたおかげか、何が起きてもなるようになるかな、という心持ちにはなれました」

藤枝さんは出産を機に、店を辞めることを考えていた。子育ては未知の世界で、仕事との両立は難しいのではないかと考えたからだ。しかし、それにダメ出ししたのは兄と弟だった。「兄に『一度辞めてしまうとモチベーションが下がってしまうから、戻る前提でいなきゃだめだ』と言われて……」

藤枝さんが身動きが取れない時は、兄と弟がフォローしてくれたおかげで、なんとか乗り越えてきた。

「大変すぎて家で泣いていた時もありましたけど、たくましくなれたと思います。今までは一人でなんでもできると思っていたのに、できない状況を経て、人にお願いできるようにもなりました。逆に、人にはいろんな事情があるのだからと、人にも優しくなれたような気がします」

その後、兄は浅草に拠点を移してデザインの仕事や新たな店の運営を行っているが、よき相談相手であることには変わりはない。弟は妻と共にこの店に立ち、藤枝さんと一緒に店を回している。

「方向性の違いもありましたし、いい面も悪い面もありますけど、3人でやったからこそ今の店ができたんでしょうね」

〈118〉変わり続けるシモキタを見つめて 「kate coffee」

藤枝さんが店で大切にしたいと思っているのは、「落ち着いた雰囲気の店を、少しでも長く続ける」ということ。かつて「コーヒーモルディブ下北沢」で客との適度な距離感や、音楽や演劇、古着好きなどどんな人も受け入れる器の大きさに居心地の良さを感じていたように、この店もそうありたいと願っている。ふんわりとしたぬくもりが感じられる「毛糸」と店名に冠したところからも、いつ来てもほっとできるようにという願いが込められているように感じられる。

「やっぱり私、この街と喫茶店がすごく好きなんですよね。本を読む一人客ばかりで静かな時、お子さん連れのお客さまがいてにぎやかな時など、毎日違った空間になるのを見ているのが本当に大好きで。それにモルディブみたいに、二世代で通ってくれるお客さんも増えてきました。お母さんとパフェを食べていた男の子が高校生になって、彼女と一緒に来たりして。感慨深いですよね」

駅前の風景や人の流れは激変しようと、下北沢を愛する人たちにとって落ち着ける空間のために、いまの自分にできることを気負わずやり続けている。

おすすめの3冊

〈118〉変わり続けるシモキタを見つめて 「kate coffee」

『岡崎京子 戦場のガールズ・ライフ』(著/岡崎京子)
2015年に世田谷文学館で行われた、「岡崎京子展 戦場のガールズ・ライフ」の図録。1980~90年代の時代の空気感をリアルに描いた漫画を次々と発表し、交通事故で休筆を余儀なくされた岡崎さんは、下北沢出身としても知られる。「学生の頃によく岡崎さんの作品を読んでいたんですけど、下北沢に住んでいる女の子の話もあって、思い入れがあります。あの時の空気感や混沌(こんとん)、パワーが伝わってくるのですが、今読むと懐かしくもあり……」

『女のいない男たち』(著/村上春樹)
全6編の短編小説集。タイトル通り、女性に去られた男たちを描いている。「村上春樹さんの作品は全部好きです。私より上の世代ですけど、そこに少し憧れのような気持ちを抱いているのかもしれません。この本は少し上の世代の男の人の立場から見る恋愛関係を描いていて、落ち着いた感じで読める一冊です」

『愛すべき娘たち』(著/よしながふみ)
『きのう何食べた?』『大奥』などで知られる漫画家・よしながふみさんの連作短編集。母と娘を中心にした人間関係の中で、人生観、恋愛観、家族観などを巧みに描き出す。「これ、言葉では素晴らしさを説明しづらいので、『ぜひ1話だけでも読んでみて!!』と言いたい! 1話目は母娘の話なのですが、いろんなことに本音と建前があって、いざ自分が大人になり、親になって、『母ってこういう気持ちだったのかな?』などと思えてきて、時にはうるっとします。女の人の心の動きがよく描かれていて、よしながさんはすごい! と改めて思います」

kate coffee
東京都世田谷区北沢 2-7-11 コージー下北沢 2F

「book cafe」紹介店舗マップ(店舗情報は記事公開時のものです)

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