東京の台所
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〈193〉実家で楽しい食事の記憶がない女性の、新しい城

〈住人プロフィール〉
飲食業パート・37歳(女性)
分譲マンション・3LDK・都営新宿線 大島駅(江東区)
入居3年・築年数3年
夫(飲食社員・41歳)、長女(8歳)との3人暮らし

つねに死ぬことしか考えられなかった日々

 家族写真はどれも、父は姉と弟と手をつないだり肩を組んだりしているが、自分だけ少し離れたところにぽつんと写っている。酒が入ると気が荒くなる父は、母と自分にだけ暴力をふるった。息を潜めるように食事をしていても「その食べ方はなんだ」と難癖をつけ声を荒らげる。
 「嫌われているんだなって子ども心にわかりました。理由はよくわかりません。野球や陸上をやってきた父は気質が体育会系。姉と弟はスポーツをやっていましたが私は何もしていなかったので。そんなところも気に食わなかったのかもしれません」

 母とも会話はなく、できるだけ家にいなくてすむよう、15歳から下校後に大衆食堂でアルバイトをした。同級生の家によく泊まり、ご飯も食べさせてもらった。
 「友達の家の親御さんがかわいがってくれて、私のお茶わんまで用意してくれていました。そのときから今まで、私は本当に他人によくしてもらって、なんとかここまでこられた。育った家庭で楽しくご飯を食べたという記憶はありませんが、よそのおうちやバイト先の食卓では、いい思い出がたくさんあります」

 両親は17歳の時、離婚。以来父の消息は知らない。知りたい気持ちは今もない。
 高校に通いながら飲食店で働いた彼女は、17歳で同棲、20歳で妊娠、最初の結婚をする。
 しかし、結婚と同時に始まった育児に、次第に余裕をなくしていく。新居は、生まれ育った内陸の小さな街から車で25分ほど。幼い頃から感じていた狭い世界の人付き合いの息苦しさ、「誰かが誰かを見張っているような」閉塞(へいそく)感、他人の悪口を裏で言いあう不信感がその街にもあった。

 「成熟していない私は、結婚したら自動的に幸せになれると思いこんでいたのです。今思えば結婚そのものが、逃避でした。結婚は互いに努力しながら営むものと、そのときはわからなかった。生活は厳しく、またいつまでたっても情報更新されない田舎の現実も息苦しかった」

 どんどん気持ちがふさぎ込んでいった。夜は眠れず、顔は笑っているのに涙が出てくる。自分のことで精いっぱいで、子どもすら愛せない自分にいら立ち、やがて死ぬことばかりを考えるようになる。

 離婚をしたのは24歳のこと。子どもは夫が引きとった。入院した精神科では20種の薬を処方された。退院後は実家に身を寄せたが、母から怠け病と責められる日が続く。
 「異常行動を起こす私から母も目が離せず、大変だったと思いますが、そのときは家を出たくてしょうがなかったですね。小5からずっと出たいと思い続けていたので」

 病院に1年通ったある日、医師に言われた。
 「もしもできることなら、あなたは環境を変えたほうがいい」
 薬を大量に飲み続ける日々に疑問を感じていた。なによりもう、この家にも街にもいたくない。遠くへ行きたいと思った。
 彼女は荷物をまとめた。ふと、最後までソリの合わない母が読んでいた本のカバーを何げなくはずしてみると、うつ病の本だった。
 「母は母なりに苦しみ、気にしてくれていたんですね。でも、とどまる気持ちにはなれませんでした。そのとき、新婚時代に台所から見た空を思い出して、強く思ったのです。この街を出なくちゃって」

 新婚の家は日の当たらない小さな平屋で、周囲を家に囲まれていた。台所の窓のすぐむこうは、隣のトタン屋根が広がる。その屋根越しに、5センチ位の空が見えた。
 「あー、私の人生はこの先も5センチしか空が見えないところで終わるんだと思ったら、飛び出したくなった。子どもを抱えていたその時は、口には出すことさえできませんでした。実家に一人で戻り、1年暮らして強烈にもう出なければ、出るなら今だと思ったのです」
 いつもご飯を食べさせてくれた高校の同級生を頼り、東京へ向かった。

厨房(ちゅうぼう)から人生を学ぶ

 出産前後の一時期をのぞいて、彼女は37歳の現在まで飲食店のホールで働いている。
 「飲食しかしたことないので。求人情報誌を見て、最初に訪ねたのが個人経営の小さなイタリアンです。訛(なま)りまるだしで、なんの経験もありませんと言ったのに採用してくれた。そうやって訪ねる飲食店の先々でいいオーナーやスタッフに出会えて今に至ります。なにもわからない私に、イチから教えてもらえるのは本当にありがたいこと。家でどんなにまねしても、シェフの味にはなりませんけれど」

 彼女と話していると何度も「ありがたい」という言葉が出てくる。そうやって、感謝しながら生きているから、良い出会いがあるのだろうか。
 今の夫も、仕事場で出会った先輩だ。

 「東京に来てもいろんな人にお金を借りたり、助けられました。今は家もあり子どももいて、食べたいものが食べられる。夫には感謝しかないです」
 夫は前夫との子どもとのことにも、深い理解があり、気兼ねなく会いに行ける。それもまた救いの一つだ。

 3歳の娘をおぶって勉強し、働きながらソムリエの資格をとった。夫もワイン好きで、ワインセラーを買ったが、ゆっくり味わう時間が今はない。ディナータイムも働きたいが、子どもが小さいうちはランチタイムのパートでと、決めている。
 3年前、マンションを買った。仕事場で見てきた厨房用のキャビネット、エスプレッソマシンなど憧れていたものを一つずつそろえ、小さな自分の城ができた。台所の椅子に腰掛け、娘や夫の様子をみながら煮込みなどの料理をする時間が至福。
 「厨房から客の様子をみるのが癖になっていて、家でもそう。ここで書き物をしたり。台所に長くいます」

 料理について、彼女はこう語る。
 「店でも家でも、“おいしい”と“楽しい”がいっしょにないとだめ。どちらが欠けてもハッピーじゃない」
 何度も悩んだ末、ようやく『東京の台所』に応募することができました、とも。

 感謝を忘れず、おいしいと楽しいを一緒に楽しめる家族を築けた今だからこそ、過去をまっすぐ見つめ直す気持ちになれたのだろう。母とのわだかまりも含め、ままならぬことはまだたくさんあろうが、この台所でおいしいものを作り続けたら、少しずつなにかが変わっていくと私は信じている。

台所のフォトギャラリーへ(写真をクリックすると、くわしくご覧いただけます)

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