いざとなったら、テレパシー。by まるお(飼い主・坂田阿希子)

人間を思うがままに操る、飼い猫たちの実例集「猫が教える、人間のトリセツ」が始まります。
月に1回、「猫と暮らすニューヨーク」の筆者、仁平綾さんとイラストレーターのPeter Arkle(ピーター・アークル)さんでお届けします。
◇
料理家・坂田阿希子さんの以前の飼い猫は、まるお(通称まるちゃん)という名の、ちょっとずんぐりした、鼻息の荒いオスの黒猫。子猫の時に大病を患ったまるちゃんは、坂田さんの看病で快復しましたが、左目は視力がないままでした。めったに鳴かず、寡黙な隻眼の猫だったまるちゃんが、飼い主の坂田さんにどうしても伝えたいことがあった、ある日のお話です。
年末年始にまるちゃんを東京の自宅に置いて、新潟の実家へ帰省したときのこと。家族みんなでスーパー銭湯に出かけ、お風呂上がりにマッサージを受けることにした坂田さん。腕がいいと評判の男性マッサージ師に、背中を気持ちよくもみほぐしてもらっていたところ……。
「お客さん、去年いろいろ大変なことがありましたね……」
初めて会ったマッサージ師に、突然そう言われ、驚いたと言います。
「大変なこと……? ああ、何回も引っ越しをしたので……」
と答える坂田さんに、
「前の場所、家は悪くないんですけどね、土地に問題がありますね……」
とマッサージ師さん。
実は坂田さんが以前住んでいたのは、奇妙なことが頻発する幽霊屋敷みたいな家。いわくつきの家を、ぴしゃりと言い当てられてびっくり。
「でも今の家は、日当たりが良くてよかったですね」
と次々的中させるエスパーなマッサージ師さんに興味がわいた坂田さんは、こんなことを聞いてみました。
「ほかに何か見えるものはありますか?」
「うーん……、クマが見えます」
「クマのぬいぐるみ、あります!」
部屋に古いクマのぬいぐるみを飾っていた坂田さんは、再び驚きの声。
「ちなみに、そのクマのぬいぐるみは片目がぱっちり開かないのですか?」
とたずねるマッサージ師さんの言葉に、ピンときたのは、飼い猫のまるちゃんでした。
「それ、うちの猫です! 子猫のときに病気をして、片目が見えないんです」

まるちゃんの病気を治すため苦労したこと、元気になるまで本当に大変だったこと。背中を気持ちよくもまれつつ、思い出話を涙ぐまんばかりに話した坂田さんに、マッサージ師さんがこう言いました。
「何かメッセージがあるみたいですよ」
「え!? まるちゃんが私にメッセージ? なんて言ってるんですか?」
お母さんありがとう。そんな感謝の気持ちかもしれない……。ドキドキしながら待つ坂田さんに、マッサージ師さんが伝えたのは……。
「エサを変えてほしいって言ってます」
「エサ……!? メッセージって、それだけですか……?」
「それだけですね」

実は坂田さん、ちょうどまるちゃんのカリカリを別のものに変えたばかり。よほど新しいごはんが気に入らなかったのか、「マッサージ師さんのチカラを借りてまで、まるおのやつ」と思わず大爆笑。
ちなみに、まるちゃんはその後も坂田さんの友人の夢の中に登場し、トイレの不満を訴えるなど、テレパシー猫ぶりを発揮したそう。「テレパシーを受け取るのはまわりの人ばかり。私は全然受け取れなかったんですけどね(笑)」。
希有な猫まるちゃんを亡くし、悲しみにくれた坂田さんですが、現在は3歳になるメス猫のビスコと愉快に暮らしています。


(さかたあきこ)
料理家。フランス菓子店やフランス料理店での経験を重ね、独立。料理教室「studio SPOON」を主宰するかたわら、書籍や雑誌、TV出演などで活躍。家庭料理から、お菓子に関するものまで著書多数。近著は『チョコレートのお菓子』(グラフィック社)、「クリームのことがよくわかる!お菓子の本」(文化出版局)、『トマト・ブック』(東京書籍)など。2019年11月1日には、代官山ヒルサイドテラスに洋食屋の「洋食 Kuchibue」をオープン予定。
http://studio-spoon.com/